GOOD BYE YESTERDAY｜リアクション

GOOD BYE YESTERDAY

　案外あっさりとゴーサインが出た。
「紅ちゃーん、受験勉強疲れたから癒してー」
　数日前のことだ。ダメもとで白真白は芋煮紅美に願い出たのだった。お泊まり会をしないかと。といっても今度の会場は紅美の部屋だ。事実上ひとり暮らしの真白とちがって紅美は両親と同居している。難色を示されるかもと危惧した。
　しかし紅美はレーザービームなみにスピード回答したのである。
「いーよ。親もきっと、真白なら反対しないしさ」
　実際、『むしろ歓迎だってよ』という回答もまもなく紅美からきた。彼女の両親とりわけ母親は、一時引きこもっていた紅美に友人がいることが喜ばしいようである。
「あんちくしょうはどうする？　誘う？」
「『あんちくしょう』って」苦笑して真白は言う。「七枷陣君のこと？」
「ちげーよ陣は男子だよさすがにお泊まり会はヤベーよ！」たちまちモミジみたく頬を染める紅美である。「アイツのことだよ、千絵！」
　まあわかってたけどねと真白は笑って告げた。
「今回はやめとこうかなー。いや仲間外れにするわけじゃないんだけど、ご両親がいる家であまり人数が増えるとおうちの皆さんに気をつかわせちゃうし、そもそも千絵ちゃんはいま、店のことで悩んでいるだろうし」
「ウチは気にしないと思うけど、まあ、千絵についてはそうかもね」紅美は肩をすくめた。「店を売るかどうか、年内に回答するってゆー話だったし……」
　最近もっぱら紅美は三佐倉千絵のことを『千絵』と呼ぶ。少し前までは意地でも「『クラン＝G』の店長代理」と呼んでいたことを思い返すと飛躍的な進歩といえた。もちろんそれを指摘して水を差すようなマネを真白はしないけれど。
「まー千絵はよしとくかぁ」
　じゃあサシでと紅美は応じた。かくしてその数日後、真白は芋煮家におよばれとあいなったのである。
「お邪魔しまーす」
　サシ飲みならぬサシお泊まり会だ。ちなみにサシとは『差し向かい』の略である。すなわち、一対一、英語で言えばワンオンワンだ。
　じつはこの日、真白が千絵に声をかけず単独で紅美の部屋に泊まることを考えたのには理由があった。

◇　◇　◇

　木のお皿に盛られたのはポップコーン、キャラメルテイストの香ばしいやつ。ビネガーテイストのちょい酸っぱなポテチもあれば、チョコレートがけのオートミールクッキーもある。ゼリービーンズはエメラルドカラーとルビーレッドで、サファイアみたいなのも混じっているせいか宝石箱を開けたような気分だ。
「これうまいよなー」
　紅美が満足気にほおばっているのは真白が持参したマシュマロだった。シーサイドタウンに最近できた洋菓子店の人気商品で、本店のある神戸では『十五秒に一つ売れてます！』なるキャッチコピーでおなじみなのだそうだ。
「白っくってふわふわでいい匂いがして……なんか真白みたい」
「それ、『真白のマシュマロ』ってダジャレ？」
「超カワってことだよー」紅美はにやりとする。「マシュマロも真白もっ」
「面と向かって超カワとか言われると照れるよう」
「あと、巨乳な感じもおんなじ。こんもり」
　こんもり、のゼスチャーを自分の胸のところで紅美は行った。
「そんなこと言う紅ちゃんはー」
　わきわきわき、両手の指を十匹の蛇のごとくうごめかす真白である。
「おしおきだー！」
　こーしてやると真白がおどりかかり紅美の脇をくすぐると、アハハやめてやめてと彼女は両足をジタバタやって抵抗した。

　一般的にはもう就寝すべき時間帯、すでに真白も紅美もパジャマ姿だ。入浴もすませている。
　お風呂前の夕食は紅美の父がお寿司を取ってくれた。しかもそれが特上だったので、真白は恐縮したものだ。紅美の父は企業経営者である。家はうんと大きいし駐車場には高級外車と大型バイクが停まっているし、おそらく経営状態はいいのだろうと思われた。
　お菓子は当分尽きそうもないし、ゲームだって遊び放題、かててくわえて話せば話すほど話題がでてくる。
　時間的には遅くとも、ふたりっきりのパジャマパーティが盛り上がるのはこれからである。