ステッラ・デッラ・コリーナで結婚式を挙げられたら。そう考える乙女は数少なくいるけれど、一生に一度の思い出だから奮発できるかと言えば、そうも気軽に出来ないお値段だから憧れなわけで。
　婚約をして結婚を考える三折部 朝衣は、だからこそ現実的な目で案内カタログに目を通した。
　小さな文字で書かれる夢から覚めそうな金額に、もはや溜息も出ない。朝衣は気付かなかったフリをして、体験に専念しようと切り替えた。
　今日はあくまで、ブライダルの良さを知ってもらうためのフェア。お値段や予約待ちについては一旦置いておき、気に入って頂けたのであれば……と商談に持ち込むスタイルである。付き合いたて、なんだったらイベント内容によっては恋人未満も訪れるようなフェアで、初っぱなっからグイグイと営業は仕掛けてこない。
　それも、寝子島最高級と謳われるようなホテルだ。気付かぬうちに契約書を書かされていた、なんてことにはならないだろう。
「何かお困りですか？」
「ドレスの種類が思っていたより多くて……お任せしていいですか？」
　最初こそ、一緒に来た婚約者の住沢 遥人とカタログを眺めていたけれど、少し「いいな」と零すだけで考え込んでしまうので、新郎にも準備があるだろうと追い出してしまった。
　レンタルでもそれなりに、買い取るとなったら目眩がするような値段のドレスを扱うここで、実際に挙式――なんてことは、無謀だとわかっている。
　だからこその体験で手を打ち、本番はいい物を知っているからこそできる妥協と工夫で良い式にしたい。そんな話を同棲を始めて２ヶ月もしないうちに話し合うのも気が早いように思って、何も告げずの参加だ。
（まさか、本当にここで挙式したいと思われてるなんてこと）
　自分の中でないからって、遥人もそうとは限らない。悩ませたり頑張らせたりする前には事実を伝えないといけないなと、オススメのドレスが提案されるのを待った。
　すると、周囲のスタッフがインカム越しに何か喋っている。ドレスの被りでも出たのだろうかと気にも留めなかったが、それがお付きのスタイリストにまで耳打ちされると気になってしまう。
「このあと、フォトウェディングのご予定も伺っておりますが、室内と室外のどちらかお決まりですか？」
　特に決めていなかった朝衣は、せっかくなら２度と入れないかもしれないチャペルもいいなと思ったけれど、やっぱり２人並んで幸せそうに笑うなら。
「外、がいいですね。海が綺麗に見えるところが」
　思い出が沢山あるのだろうことが窺える朝衣の笑みに、周囲のスタッフは「かしこまりました！」と声を揃えた。



　さすが披露宴を多数取り扱う高級ホテルと言うべきか。
　こうしたお祭りのようなブライダルフェアでも、チャペルを見学する花嫁候補たちがすれ違わないように、披露宴会場の見学も織り交ぜながら移動のタイミングを見計らって誘導してくれる。
　おかげで綾辻 綾花は、ドレスこそ着ていないものの会場を歩くたった１人のプリンセス。その隣をつかず離れず早川 珪が共に歩いているのだから、本当に式場を下見に来ているのではないかとドキドキしてしまう。
（勉強と同じで予習は大切です、なんて誘ったけど）
　恋人じゃなくても参加できるブライダルフェアともなれば、今の綾花にとって貴重なものだ。それこそ、以前もちょっとしたイベントで記念写真を撮ったけれど。
　形に残ったのは衣装を着たという事実。でも、綾花の耳を甘い呼び名がくすぐったことも忘れられない。
　最初に入ったのは、１番お手頃だというシックなチャペル。モノクロのオシャレなレンガ壁に、シンプルな十字架が掲げられただけではあったが、だからこそ花を飾る以外にも自分たちの好むデザインに変えやすく、使い勝手が良いことが評価されているらしい。
　ひとつフロアを上がって、次に向かったのはエレベーターで訪れたのを忘れるような和の空間。あまり外の明かりをふんだんに取り込んでいるということもないが、柔らかに揺れるろうそくのような明かりに照らされた神殿は、和装の挙式ならではの厳かな空気と合うことだろう。
　思わず息を呑んで、細工の細かさに目を見張った。こうして間近で見ることが出来ると、和装か洋装か悩むという声にも頷ける。
（……どっちか、というよりも）
　そもそも、珪は挙式をしたいと思っているだろうか。こういう見学は、興味あっただろうか。
　価値観が大きく相違していれば苦労することもあるだろうけれど、だからといって彼の言いなりに３歩後ろをしずしずと付いて歩くような、そんな相手が好みだとも思わない。
「珪さんは結婚式ってしてみたいですか？」
　場の雰囲気に後押しされ、思いきって聞いてみた。先生と呼びそうになるのもぐっと我慢すれば、今このときは式を迷っている恋人のように見えたらいいなと、少しばかり期待を含めて。
「そうだな……式自体に理想はないけれど、大事な人は自慢したいところがあると思うよ」
　幼い日に結婚相手を周りに宣言していたように。
　抑えきれない気持ちが負担になることもあると学んでも、これと決めたことは譲れないし手放したくない。
「なら、披露宴は大きくないといけませんね」
「大きくてもいいし、小規模な物を複数してもいいよね。親族向け、同僚向け、友人向け……」
　傍に控えていたスタッフが、「ございます」とばかりにカタログを差し、近年ではゲストの対象を変えた複数回の挙式も珍しくないと説明する。
「それなら、両家の意向や花嫁の希望もふんだんに取り入れられますね」
　とても前向きな回答をする珪は、大人の社交辞令としてなのだろうか。
　それとも、ちょっぴりは……なんて、期待してもいいのだろうか。
「綾辻さんは、何か理想はある？」
「それなら……フラワーシャワーやリボンシャワーに使われる物を見せてもらいたいです」
　そうして叶うなら、ここで挙式ができたらいいなと願ってしまう。
　２人は１度、プランやセレモニーの相談が出来る部屋へと移動して――「式はいつ頃の予定ですか？」と尋ねられ、恥ずかしそうに笑うのだった。