着替え終わった朝衣が連れてこられたのは、ホテルのプライベートビーチだ。
　そこには海水浴が出来る場所はもちろんだが、景観を活かしたラウンジや、エステなどの建物も並び、さらに奥には――
「……チャペル？」
「引き潮のときだけに行ける島で、人前式ができるらしいよ」
　今日は時間が合わなくて、言わば仮設といった所だが、それでも白い貝殻や青いリボンを使って作られた爽やかな祭壇はフォトウエディングには十分だ。
　タキシード姿の遥人も、黒板ボードのようにメッセージの書かれたサーフボードを持っていて、体験というには随分と用意周到に見える。
「さすがに朝衣より準備に時間がかからないと思って、色々相談したんだよね」
　中でも、２人の共通の趣味がサーフィンだということを聞きつけたスタッフの対応は早かった。
　季節にもよりますがと前置きしつつ、水中ウエディングやサーフボードに乗ってのビーチウエディングに対応しているとカタログを持ってきて、これならと決断した遥人も早かった。
「だから、朝衣が室内でって言ったらどうしようかって少し思ってたんだけど……」
　大成功だったねと笑う遥人に、胸が一杯になってしまう。
　ただの気楽な体験会で、ちょっと手順を知っていれば参考になるかもと思っていた朝衣には、びっくりすぎる要素ばかりで……自身のドレスアップ姿を見て感激しかけたのを堪えたばかりだというのに、これでは。
「えっ、朝衣？　なんで泣くの!?」
「……ほんの少しだけ、幸せを先取りしちゃった」
　今からこんな調子では、本番にはどうなっているやらと自分に呆れてしまう。それでも、それはそう遠くないうちにやってくるのだと思うと、涙が止まらない。
　一頻り落ち着くのを待つ間、セレモニーの話でもしようかと、２人は少し暖かい場所に移動した。
　新郎新婦の合図でカーテンが開き、オープンキッチンが露わになる物なんて、新郎まで参加型の企画になってしまいそうだし、カラードリップケーキやウェディングケーキデコレーションのように、２人や参列者がケーキに仕上げをするというのも楽しそうだと笑って。
　わざとなのか本気なのか。仕事の延長線っぽさが滲む提案に笑う朝衣も、ようやく涙が止まってきた。
「シャンパンサーベルとかもどう？　ソムリエか新郎が本来するらしいけど」
　出航式などで航海の無事を祈り、シャンパンのボトル口をサーベルで飛ばす演出も、料理人である遥人がするだろうと思っているゲストの前で朝衣が披露したら盛り上がるだろう。
　スタッフを呼んで、「体験出来るんですよね？」と尋ねながらもスマートに撮影再開もお願いする姿に、朝衣は改めて一緒になるなら彼しかいないと思った。
　そして簡単に化粧直しをしてもらい、準備は完了。
　２人でサーフボードを抱えたり、一緒に立て掛けたりして写真を撮った。



　寝子電スタジアムの競技を一通り満喫した城山 水樹は、どうしようかと思いながらパンフレットを開いていた。各所でイベントをやっているけれど、前提としては『ブライダルフェア』であることは変わらず、式場見学やフォトウエディングなんてものが主軸になってしまう。
　それでも、フォトスポットラリーで景品があったり、速さを競う結婚式だなんてあるから、ハードルは低くなっているけれど。
　行き先に迷う彼女の気持ちが、わからないわけでもない。ヒュー・ヒューバートも、今の距離感で選んでいいものかと思案している。
　それでも、「ここでお開きで」なんて言えるわけもないし、もし、という希望もある。
（……２人を後押しする日、か）
　やっと歩こうと決めてくれた水樹を急かすことはしたくない。自分だってわだかまりを全て無くして受け止められると言ったら嘘になる。
　だけど、壊したいんじゃなくて愛したいと告げたのは、嘘ではないから。
「星ヶ丘の教会へ行ってみない？」
　ステッラ・デッラ・コリーナよりもお遊び要素が高くて緊張しないけど、教会という嘘のつけない場所。
　真実と向き合う必要があるけれど。
（……不完全な僕らは、だから２人でいるんだ）

　衣装はそれなりなところで妥協した。だってこれは、本番でもないから。
　誓う言葉もないし、ただ記念に切り取られた、たどたどしい空気で腕を組む２人になるだろう。
（水樹はあの日、壊してと言ったけど）
　些細な喧嘩もあったし、大きな物事もあったし、これからも何事も無く平穏でとはいかなくても。
　それでも、神が見ている前で改めて何かを告げるなら。
　決めている言葉がある。どうかそれだけは、恐れず疑わず、受け取って欲しい。
「花嫁さん、入りまーす！」
　着替え終わった水樹が、ドレスの裾をスタッフに持ってもらいながらフォトスポットに現れた。
　モデルの顔をせず、少し困惑気味にはにかむ様子が緊張していることを伝える。
「水樹」
　触れることに許しを請うように、ヒューは手を差し伸べた。
　花の一輪も用意せず、服も場も誂えられた物ばかりではあるけれど。
「僕は君を、愛しているよ」
　これだけは、誰に聞かれても恥ずかしくない本当だから。
　君を縛る永遠の誓いを口にしない代わりに、どうか、どうか――
「ヒュー……私も、あなただけ……あなただけを愛してる！」
　今にも零れんばかりの涙を滲ませる彼女の顔を隠すように、ヒューは水樹を引き寄せる。
　もう２人が別たれることのないように。再び強くつながれるように思いながら口づけた。