今夜、なにする？｜リアクション

今夜、なにする？

●赤の晩餐

　月のないその夜、朝鳥さゆると姫木じゅんは、森の中の古びた洋館の前に立っていた。
　キャバクラ『プロムナード』で『まみ子』の名でキャバ嬢をしているじゅんの客に招かれたのだ。
　曰く、ヴァンパイア趣味の趣向を凝らした晩餐会だと。
　よろしければ恋人かご友人と一緒にどうぞ、と。
　そんなわけで、じゅんは同居しているさゆるを誘い、女吸血鬼をイメージしたゴシックなドレスでこの洋館を訪れたのだ。

「寝子島に、こんな洋館があるなんて知らなかった」「あたしもよ、さゆる」

　重厚な玄関扉が音もなく開く。
　蝋燭を持った燕尾服の執事が現れて、中に招き入れられる。
　屋敷の中は薄暗い。
　中世の雰囲気を出すためか、電気ではなく燭台の灯りのみにしているようだ。
　案内されたのはシャンデリアの下がる豪奢な広間で、アンティークな十人掛けのテーブルには、じゅんの客である５０代ほどで髪を後ろに撫でつけた男性と、胸元を大きく開けた妖艶なドレスのマダム、黒いスーツに白髭の老人が座っていた。
「本日はお招きいただきありがとうございます、浦戸様」
　じゅんが丁寧にあいさつをすると、浦戸と呼ばれた男は口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「こちらこそ。こんなお美しいお嬢様方をお招きできて、今夜の晩餐は楽しいものになりそうです」
　その瞬間、さゆるはうっすらと背筋に寒いものを感じた。
　けれどそれが何なのか見定める前に執事が回ってきて、グラスに赤い液体が注がれる。
「揃いましたな。では始めましょう。吸血鬼の夜に――乾杯」
　乾杯、とグラスを軽く掲げて。
　皆がグラスを傾けるのを見ながら、さゆるはそっとグラスを置いた。
　飲めないわけではない。が、一応未成年である。
「……ん、なにこれ」
　小声で言って、じゅんが眉を顰める。
「どうしたの、じゅん」
「なんか生臭い……飲まなくて正解よ、さゆる。水を頂きましょ」
　前菜は、赤い煮凝りのようなゼリー状の塊だった。
　浦戸が吸血鬼に纏わる何かを話していた気がするがよく覚えていない。
　そのあと真っ赤なトマトのスープと、血の滴るようなステーキが運ばれてきて――。
　赤。
　赤。
　赤……。
　ううん、あの赤は、浦戸やマダム、老人の目だ。
　好奇心に満ち、値踏みするようにこちらをみる目。
（なんだろう……）
　何か香でも焚かれているのだろうか、濃い匂いに少し気分が悪くなってくる。
　と、突然じゅんが、持っていたカトラリーを落とした。
　落ちる金属音にはっとすると、じゅんがテーブルの上に突っ伏して倒れる。
「じゅん、じゅん！」
　肩を揺する。
「おやおや。眠くなってしまわれるとは……昨夜はあまりよくお休みになれませんでしたかな」
　浦戸は慌てるでも倒れたじゅんに駆け寄るでもなく、静かに笑みを浮かべている。
　フフフ……。
　ハハハ……。
　マダムと老人が笑う。
（っ……、なに？　眩暈が……）
　さゆるの脳裏に激しく警鐘が鳴った。
　何が起こっているのかは分からない。
　分かるのは――、
（ここにいてはいけない）
　逃げなければ。
　今すぐに。
　じゅんを連れて！

　――あのあと、どうやって洋館から逃げ出したのか、正直言うと記憶がない。
　どうにかして家に帰りついた二人はそのあと深く深く眠った。
「でね……、」
　数日後、プロムナードでの勤務を終えて帰って来たじゅんは蒼白な顔で言った。
「浦戸なんて客は誰も知らないっていうの」
　ついでに言うと、あの洋館も煙のように消えていて、どうしても探せなかったのだ。
「狐につままれた、ってこういうことをいうのかしら……」
「そうね……もう忘れましょう」
　さゆるは曖昧に笑った。

　浦戸――それが、ドラキュラ公と呼ばれたルーマニアの君主ヴラドと同じ名だと知ったのは、あとになってからのことである。

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