ありし日の子猫たち｜リアクション

ありし日の子猫たち

【雨上がりのとある日】

「こんなにたくさんだなんて……想像以上です」
　あらためて机の上を眺めて、綾辻綾花は圧倒されてしまいました。
　積み上がる文芸部誌。写真はあまり撮らなかったと聞きましたけれど、テーブルの上の写真たちは綾花の興味を満たすのに十分な数です。それに、卒業アルバムもありました。
　ふんすと鼻息をした馳つるぎへ、綾花はひたすらに感謝！　であります。
「ずっと大事にされてたんですね。つるぎさん」
「まあねえ。これは捨てられないよねえ、珪さん？」
　おかげでこうして綾花は眼福にあずかれる……というのとは反対に、早川珪はと言いますと、
「僕の作品が載ってるのは、捨ててくれても良かったけどね……」
「ほーら綾辻ちゃん、珪さんたらすぐこんなこと言うんッスよー！」
「捨てないでくれてありがとうございます、つるぎさん！！」
　困惑と苦笑いに暮れる珪をよそに。
　今日はなんといってもふたりの、まあ主に珪先生の、昔について知る絶好の機会なのです。
　彼が内に秘めていた大きなヒミツには、綾花とつるぎの頑張りもあって、先ごろとても良い形で触れることができました。珪の心もいくらか前向きになったように感じられます。
　けれどまだ、知らないことがたくさんありました。知りたいことが、たくさんあるのです。それはもう、尽きないほどに。
「さーて。どれからいく？」
「まずは……」
　本日、主導権は綾花のものです。綾花が見たいものを見て、聞きたいことを聞くのが趣旨、揺るがぬメインテーマであります。やったぜ！
　綾花が手に取ったのは、茶ばんだ封筒からはらりとこぼれて広がる、何枚かの写真です。
「珪先生……詰襟制服だったんですね」
「うん。結構おカタい学校だったよ」
　高校生。１６歳の彼が、少しばかり色褪せた写真の中に立っていました。今よりいくぶん若く幼く、それでいて想像どおりに凛々しくて。優しげなまなざしを見れば確かに、「学生時代はモテた」ことにも納得です。
（実際、きっと私も、告白してたんじゃないかな……）
　むずがゆそうな表情を浮かべる彼と、写真の中の彼を思わず、何度も見比べてしまいます。
「そうじっくりと見られると、恥ずかしいな」
「す、すみません……でも見ちゃいますよ、こんなの」
「いいよいいよ～、穴が開くまで見ちゃいなよ」
　にっひっひと笑うつるぎも、写真の中ではセーラー服です。子どもっぽい表情は今とあまり変わらず。にかっ、となにが楽しいやら、満面の笑みを浮かべております。
　どうやら文芸部員全員で撮影した、集合写真のようです。部員はそう多くはないものの、誰しもがリラックスした表情で、きっと仲が良かったのでしょう。
　他にも学校の文化祭のシーンや、作品制作のさなかの一枚など、当時のなにげない日常風景がそこにはありました。中には撮られているとは思わなかったのか、若い珪先生へちらりっ、意味ありげな視線を投げかけている女子生徒の写真も何枚か。
　横からひょいとつるぎが覗き込んで、
「あーこの写真ね、わたしが撮ったやつ。鈴木ちゃんは絶対、珪さんのこと好きだったよねえ」
「ええ？　そうだったのかい？　気づかなかったな……」
「あと栗原ちゃんと真田ちゃんも」
「……本当に？」
「水谷ちゃんもかなー」
　当時からの朴念仁っぷりが次々に明かされ、珪先生は所在なげに頭をかき、綾花はほほうと感心しました。やっぱり彼は、モテたようで。
　自分がこの写真の中にいないことに、綾花はいささかの寂寥を感じたりもしましたけれど。つるぎがこっそりと耳打ちします。
「けど綾辻ちゃん、わたしらと同年代じゃなくって良かったんじゃない？」
「えっ。どうしてですか？　どうせなら、私も珪先生といっしょの学校に通ってみたかったです……」
「だってさあ、珪さんは学生時代、恋愛なんてキョーミなかったわけだし」
　なるほど、確かに。
　彼の胸にわだかまっていた思いがようやくにして解消されたのは、ほんの最近。つい、先日ことなのです。学生時代の彼と出会っていたなら、綾花との関係性には少なくとも、その後の未来を見いだすことは難しかったかもしれません。
　今の彼は過去を過去として受け止め、きっと前を向いています。
「……そうですね」
「うむ、がんばりたまえよ～」
　ぺちん、と綾花の背を叩いて、つるぎはニヤリ。
「うん、何の話だい？　ふたりとも」
「何でもないッスよ～、ほら綾辻ちゃん、次はこの写真を見てごらんよ」
「こ、これは……これはっ！」
　プール授業の若き珪さんにうっかりちょっぴり、興奮してしまう綾花でした。

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