ありし日の子猫たち｜リアクション

ありし日の子猫たち

【こっそりリサーチ】

「いやー、わりぃね。手伝ってもらっちゃって」
「いいえ、全然。こんなことでお礼になるなら、願ったりかなったりですから」
　古書店で本の整理のお手伝いだなんて、綾花にとってはむしろ、ご褒美です。あっちを向いてもこっちを向いても、なんなら上や下を向こうとも、本、本、本の山！
「幸せです～」
　いつも別の書店さんや図書委員会でお仕事をしていますから、どの本がどの棚に収まるべきか、すぐに分かります。まさに綾花の十八番、得意技です。もちろんいっしょに作業をしてくれる、珪先生の薫陶のタマモノ、といったところでもありました。
「ありがたいッスなー。まさに天職だね、綾辻ちゃんの。今度うちにもバイトに来てくんないかなー？　ちゃあんとバイト代だって出すよぉ」
「わ、ほんとですか？　考えておきますね！」
　タダでもやらせてもらいたいくらいなのに、お給金までいただけるなんて、夢のよう。何度かアルバイト経験もありますし、その候補のひとつとして考えてもいいかもしれません。
　さてなぜ綾花がほうぼうでアルバイトを頑張っているかと言いますと、猫鳴館暮らしであんまりオサイフの中身も潤沢ではない、というのはまあさておきまして。
「あの～。そ、そういえば！」
「うん？」
　目的のひとつは、大切な人へのプレゼント。やはりこれでしょう！
「今度、お友だちのお誕生日があって。なにをあげようかなって、悩んでるんです。なにかオススメ、ないでしょうか？」
　というのは、半分ホントの半分ウソ。
　来月に誕生日を迎えるのは他でもない珪先生でして、そのプレゼントにふさわしいものをリサーチする、なんていささかぎこちない、綾花の作戦でありました。
　珪先生は本を書棚へぱたぱたと収めながらも、真剣な表情で考えてくれます。
「お友だちというと、学生だよね。う～ん、そうだなぁ」
「あっ。え、ええと……学生っていうか、もう少し年上っていうか」
「じゃあ大学生？　なるほど、難しいね。あまり子どもっぽいものでもいけないし、かといって社会人が使うような物を贈られても困るかな」
　ああっ。真面目な珪は本当に真っすぐなもので、綾花の聞きたいトコロからは遠ざかってしまいました。
　そこへ、ピン！　と来たらしいのは、つるぎです。
「こーいうのは気持ちじゃないッスか？　自分が欲しいと思えるようなものをあげるのがいいんじゃないかね～」
「そういうものかい？」
「まー人によるかもだけど、わたしならそのほうが嬉しいッスね。例えば珪さんが今欲しいものって、なんッスか？」
　それそれ、それです！　グッジョブつるぎさん！　と思わず感謝の視線を送ると、彼女は茶目っけたっぷりにぱちり、ウィンクひとつ。
　ふむ、そうだなぁ、なんて珪先生もこれまた真剣に考え込んで、
「そういえばこの前、ワインオープナーが壊れてしまったんだよね。初心者用のスクリュープル式を長年使ってたんだけど、せっかくだから少しアンティークな格好いいものに買い替えようかと思って、検討中……なんて、ははは。僕の欲しいものじゃやっぱり、参考にならないんじゃない？」
「いえっ、大丈夫です！　バッチリです！」
　まさに聞きたかった答えでして、綾花は心の中でグッ、ガッツポーズです。自分のお財布事情でも手が出せるお手頃価格の、それでいてアンティークで素敵な品が見つかればいいな。帰ったらさっそく調べてみなくっちゃ。
　なんてお話も盛り上がって、楽しくお仕事をしていたら、
「あっ、前店長さん……」
　つるぎの父親が、お茶とお茶請けを持ってきてくれました。
「あ、ありがとうございます。いただきます！」
　寡黙なおじさんは、こちらこそ、手伝いありがとね、とひと言小さく告げたのみで、すぐに奥へと引っ込んでしまいました。お店は店長を継いだつるぎにすっかり任せて、彼は次の古書オークションの準備で忙しいのだとか。
　珪先生は良い香りのするお茶をひと口。
「おじさんにも、ずいぶんお世話になったな。今度あらためて、お礼をしないと」
　あの本。彼の探していた一冊がようやくにして見つかったその過程には、親父さんの並みならぬ協力もあったといいます。
　珪先生、ぽむっと手のひらを叩いて、
「自分が欲しいものをプレゼントする、か。ワインオープナーをプレゼントするのはどうだろう？」
「親父は日本酒しか飲まないッスよ」
「ああ、そう……」
　いつもの彼はあんなにも聡いのに、自分のこととなるとどうにも鈍感なところがありました。
「ふふ……」
　そこがまたチャーミングなのだと、綾花は思ったりもするわけです。

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