秋桜への宣誓｜リアクション

秋桜への宣誓

　夏の炎天下であれば避けたい、昼を少し過ぎたころ。
　温かいとも言わないが肌寒くも無い秋の丘で、朝鳥さゆるは穏やかに花を眺めていた。
（慣れない……）
　当たり前に隣に姫木じゅんが居て、指を絡め合って。痛みと快楽の狭間のような暗い時間ではなく、優しさと喜びを詰め合わせた色鮮やかな時間を過ごすのは、落ち着かない。
　それこそ、じゅんの我が儘に振り回されてということであれば、何度と出かけたことはある。でも、こうして手を取り合って過ごすのは、そうしたかったと意識するのはどれほどあったか。
　気乗りしないと突っぱねてみたり、何を考えているのかわからないと不安に思ったり。刺激がなくとも繋がっていると思えて、言葉がなくても幸せだと思える時間は、今までなかったように思う。
　遠くで誰かを祝福する鐘が鳴っているのを聞いて、素直に綺麗だと思えた。
（……しあわせ、なのね）
　改めて認識すると、妙に照れくさくて視線を泳がせる。多種多様の花があるのだ、目移りしているようにも思うだろう。けれど、それは手を繋いでいるじゅんには通用しない。
「なぁに？　そんな中学生みたいな顔して」
　どちらかというと、年若く見えるのはじゅんのほうだ。小柄で童顔な彼女と夜道を歩いていたなら、真っ先に補導されるのはじゅんで、さゆるは「保護者の方ですか？」と確認の上で職質されるだろう。
　そんな幼い面差しが、ニヤニヤと目を細めるとき――他人には、悪戯を思いついた子供にしか見えなくても、さゆるには愛しく思う人に捕捉されたという事実が際立って、恥ずかしさが一気に加速する。
「中学生って、どっちが……」
　精一杯の悪態だった。こんなデートで舞い上がってしまっている、という自覚はある。指を絡めるだけで幸せだと、顔を赤くしているだろうことも。
　けれど、戸惑いと喜びが混ざって、ちゃんと『意識』をしていることを物語る表情が、どれほどじゅんを喜ばすのかは気付いてないのだろう。
「あはは！　まだまだイケるなら、今度は制服デートもいいわね。放課後に門で待ち合わせしたり？」
　見目を活かすキャラ作りをして店に立ったり、趣味の活動をするじゅんを言い負かすことができなかった。というより、もっと喜ばせてしまった気がする。
　もう何も言うまいと口を閉ざすさゆるを見て、ふふりと小さな笑いが漏れ聞こえる。
「さゆる、可愛いなぁ」
「か、可愛い？」
　予想外の言葉に、暫く黙っておこうとした決意はどこかへ飛んでいってしまった。
　だってそうだろう。夜を過ごし身体を繋ぐだけの関係では、必要の無い言葉だ。もしかしたら、薄っぺらの響かない同じ言葉は聞いたことがあったかもしれないが、じゅんが言うのとでは価値が違う。
（今までそんなこと……言われたこと、なかった）
　心の中にまで花が開くような、ぶわりと優しい風が嫌なことを追い払ってくれるような。言葉には意味があって重さを感じる――込められている愛しさに、さゆるは握った手を強く絡めるしかできなかった。
「ギャップ萌えを、あたししか知らないなんてサイコーじゃない」
　理由を細かく挙げていって、余計に辱めても良かったけれど。なんて不穏なことを呟きながら、じゅんは手を繋いだまま親指を滑らせ、さゆるの甲を撫でる。
「あたしはさ……さゆるのウブな部分にも合わせてあげたいんじゃなくて、あたしが知りたいの」
　どこか似たような傷を抱え、それと縁遠くなってしまったからではなくて。気遣いたいという大人の余裕でもなくて。ただ相手と同じ物を見てみたいという、我が儘。
「……子供っぽいって思わないの？」
「ぜーんぜん？　かわいいさゆるが見られるのに、文句あるわけないでしょ」
　色とりどりのコスモスが揺れる前で、何かを言葉にするのなら……愛情とか純潔とか大仰なものより、もっと身近で優しい言葉がいい。初恋を知ったばかりのような、戸惑う少女が受け止めきれるくらいでいい。
　じゅんはピンクがかった薄紫色のコスモスに目を留める。『調和』を願い『真心』が込められたそれなら、今のさゆるにも贈りやすい色だと思った。