秋桜への宣誓｜リアクション

秋桜への宣誓

　鐘の音が鳴り響く。
　あちらこちらで手を取り合い、寄り添い合って笑い合う恋人たちの多い丘。
　誰もが猫神様と天女の逸話を知っているわけでもないだろう。見晴らしのいいこの場所が、ペットとの散歩コースになっている人だっているだろうし、カメラ片手に秋の花を堪能しに来た人も居る。現に八神修だって、愛しい人と連れだっては来たけれど、建前としては以前植えた花の様子を見に、ということになっている。
　その時も一緒だった七夜あおいへは、想いを伝えてある。けれど、彼女に恋心はまだ難しかったようで、色よい返事は未だ無い。
　今は、真剣に考えてくれているからこその、もどかしい特別な関係。親友という括り以上に信頼を寄せてもらえている……と、自負することで心の均衡を保ってきたけれど。
　ガーベラの花壇の前で、あおいは深く頭を下げる。彼女に似合う温かみの溢れる色合いの多い花には、ポジティブな花言葉がつけられていて……２人で植えたというのが少しこそばゆいくらいだったのに。
「顔を上げて。戸惑わせているのは俺なんだ、あおいが謝ることなんて何もない」
　ただ、鐘を鳴らしたかった。一度鳴らせたことに満足なんてできなかった。
　相手あってのことだ、これから関係がどうなるかなんてわからない。だからこそ、お互いに大切な絆が紡いでいけるように願いたくて、もう一度と願ってしまって。
「修君とのことを答えられない今は……鳴らしちゃダメだと思うから」
　春に誘ったときと、修の想いは変わらない。けれど、あおいは変わってしまった。
（いや……）
　あの時も、知っていたなら誠実に返してくれただろう。平和を願う鐘かと問われ、明確に訂正しなかったのは修自身だ。
「来てくれただけでも、俺は嬉しいよ」
　理由があったとしても、恋人たちの丘なんて呼ばれる場所へ２人で来てくれた。……知っていて、来てくれたのだ。鐘の件は、意識をしてくれるようになったと前向きに考えれば、僅かでも進展を迎えているはず。
「私ね、このこたちの様子を見るのもだけど、もうひとつ楽しみにしてて！」
　広い花畑の中から目的の物を探すように、くるりと丘を見渡す彼女はいつも通りだ。だから修も、恋愛じみた物ではなくとも思い出が増えるならと微笑むのだけど。
「コスモス、交換してみようよ！」
　想いを伝えるそのイベントに興味を示されるとは思わず、修は驚いたように見つめ返してしまうのだった。

　コスモス畑に行く道中、修は猫の話題を振った。消えなかったことを報告したかったし、今はただ恋愛が絡むような話題を避けたかったのもある。
（コスモスの交換をしようって持ちかけられたのは嬉しいけど）
　先ほどの鐘の返答から、浮かれるような色を送られないことだけはわかっている。どんな色がやってきても、最後まであおいの話を聞いて真意を受け入れようと考えられるくらいには落ち着いている。
　とはいえ、本当にとんでもない色を贈られたとき、平静を保っていられるだろうか。
「名前かあ……小さいから『ちぃ』なんてつけて大きくなったら可哀想だし」

「秋に出逢ったからコスモスとか、さっき見たガーベラとか」
「それもわかりやすいね！　元気な花言葉を持ってる秋の花も良さそう」
　話していればコスモス畑まではすぐで、あおいはネームプレートと花を見比べはじめた。修はもう、心に決めている色がある。できれば、蕾に近いほうがなお良い。
（これなんて良さそうだな）
　大ぶりすぎず、小ぶりすぎず。愛情という花言葉がある赤いコスモスが、彼女に贈るなら最適だと思った。
　長さと葉を整えている間に、あおいも一輪選んできたようだ。けど、それは――
「修君に、ちゃんと言わなきゃいけないことがあるの」
　そう言ってあおいが差し出したのは、シックな大人色を言えば聞こえはいいが……チョコレートコスモスだ。花言葉は、確かあまり良くない。というか、できればあおいからは一番受け取りたくない色をしている。
「私、七夜あおいは、恋がわからないって逃げたり、恋に恋するような子供を終わらせると宣誓します」
　真面目な顔をして告げるあおいに、修は驚き瞬き返す。彼女はこの色に、とても前向きな意味を込めてきた。
「子供を終わらせて、もっと真剣に……自分の気持ちとも修君とも向き合う。それでもね、修君への信頼は移り変わらないよって、決意表明」
　そこに悲しみは何も無い。あおいのケジメが込められたコスモス。
「……ありがとう。確かに、受け取るよ」
「こちらこそ、ありがとう！」
　まだ蕾のコスモスは、彼女の元で花開くかはわからない。
　けれど確かに、彼女の手には想いが渡った。

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秋桜への宣誓

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