秋桜への宣誓｜リアクション

秋桜への宣誓

　通称が『恋人たちの丘』だからって、恋人同士しか訪れてはいけないわけじゃないし、恋に焦がれ良縁を願う人しか祈ってはいけないこともない。
　そういう人たちが多い場所へ足を踏み入れるのは、気後れしてしまう人もいるだろう。けれど、空と海との間を繋ぐ花畑を見るのに理由はいらないはずだ。桜井ラッセルは気にも留めず、ゆったりと高台を目指した。
（まあ……良縁を願ってない、って言ったら嘘だけど）
　それは周囲の、微笑ましいやら見てるこっちがむず痒くなるような、そんな縁ではなくて。なんとも言い得ぬ気持ちの込め方がわからず、道中の花を眺めて足を止める。
　濃いピンク色の小さな花が、枝先に群をなすようにして咲いているのが目に留まり、ふと問いかけた。
「便りが無いのは元気な証拠と思うか？」
　物理的な距離が離れたからと、気持ちが離れることはない。元気にやっているなら、またふらりと会えるときだってあるだろう。
　これは『終わった』のではない。けれど『ずっと待っている』と言うのも違う気がする。それを相手が望んでいなければ、ただの枷になってしまうとわかっているからだ。……どちらに、とっても。
　ならば、この気持ちはどうすればいいだろうか。返事などあるわけもない花畑の中に、名前の書かれたプレートが目に入る。

　――名前：藍　　　花言葉：『あなた次第』

　ざぁっと風が吹き抜けたのは、現実か、心の中か。まるで花畑の向こう側でほくそ笑む人影を見付けたかのように、ラッセルは立ち尽くしていた。
「……そっかぁ」
　言い聞かせるように絞り出した一言は、じわりじわりと浸透する。決して道を違えたのではないけれど、近くにいないのだという実感が秋の肌寒さをより一層感じさせた。
（自分次第、か）
　つきりと痛むものなんてない。怪我だって出血の割に後遺症もなく回復へ向かっている、傷跡が残ったって瘡蓋は剥がれ落ちるのだ、いつまでも丁寧にガーゼで覆って隠さなくっていい。
　足早に歩くには、まだ響いてしまうけれど。ラッセルは一歩一歩ゆっくりと、土産物屋へと足を向けた。

「鍵、いくつも買っちゃまずかったか？」
　普通の店ならば、売れる分にはありがたいと思ってくれるはずなのだけど。縁結びを願うアイテムだからか、買った時もイニシャルを書くときも、２つも手にしていることで怪訝な顔を向けられた。
（別に冷やかしじゃないんだけどなぁ）
　そう苦笑しながらかけた鍵は、R･Sと自分のイニシャルひとつだけ。良縁を願った猫の絵も、思いを結ぶ相手のイニシャルも書かれていない。
　これは縁を結ぶためではなく、今まで結ばれてきた縁に向けての感謝の気持ち。
　祖父母が育ててくれたこと、人生の転機を与えてくれた親友、寝子高で広がった縁。そのどれもに無駄なものなんてなかったし、ひとつタイミングがずれれば紡げなかった縁だ。
　数奇な巡り合わせによって、ここに立っている。鳥になって飛べる夢が叶った事……は、ちょっと違うかもしれないけれど、その力が自分に割り振られたことは縁なのかもしれない。
（それから……）
　瑞々しい若草色の髪をした、彼女に。風の精と出会えた縁も忘れずに感謝しておかなければ。
　それから、それから……もう感謝し損ねていることはないだろうか。熱心に願っていると、何度目かの鐘の音が聞こえて、ラッセルは苦笑しながら手のひらですっかり温まった鍵を見る。
　自分のイニシャルはない。猫の絵と、A･Kと書かれた鍵にはエゴしか詰まっていないのかもしれない。
（……あいつに幸ありますように）
　近くにいれないからって、できることがないわけじゃない。こうして祈りを捧げることはできる、けど。
　――これをかければ、もう会うことが叶わないと認めてしまったようにも思えて。
　鍵を引っかけて、一瞬躊躇う。また予想外の再会があるかもしれないのに、願うのは本当にこれでいいのだろうか。
（俺は）
　思い出が駆け巡る。指先は鍵をしっかり握りしめるだけで、なかなか錠をおろせない。
　深く深く息を吸って、空を仰いだ。大丈夫、眩しいけれど滲んでいない。
「本当にありがとうございました！」
　すべての縁に感謝をこめて、錠をおろす。カチリと響いた音は、誰かの縁を結んだのかもしれないし、先への扉を開いた音だったかもしれない。
　優しく微笑んだラッセルは、柵を振り返ることなく花畑へ降りていく。ゆっくり、ゆっくり……リハビリのために、無理をしないペースで。

「さ、腹ごしらえしてスケッチっと」
　秋風に揺れるコスモスを見渡しながら、いい場所があればいいなと童心に返ったような顔をする。
　色を問わずにつけられた『真心』という花言葉が、どこまでも届きそうな笑顔だった。

このページにイラストを設定する

秋桜への宣誓

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧