セイレーンが歌う夜｜リアクション

セイレーンが歌う夜

　そんな彼女の姿を見て、レイはそっと手を握った。彼自身も幼い頃は病室と病院を行き来するだけの生活をしていた。それ故に、病の辛さはわかるし苦しみも解る気がする。少しでも楽になって欲しい、と祈りながら彼は茉菜に囁く。
「大丈夫だよ。直ぐに楽になるから」
「！」
　茉菜は咄嗟に「簡単に言わないで」と思ってしまった。が、レイの眼差しから何かを感じとった。修だけでなく他の仲間にも助けられ、茉菜の胸の中で申し訳ない気持ちと感謝の気持ちが綯い交ぜになっていく。
「ここから近い病院はここだ」
「あの、これも使ってください！」
　その間にも仄が病院を携帯で検索し、レティシアがハンカチを差し出す。突如の出来事に初め雪月は激しく戸惑ったが、茉菜の苦しむ姿を見ていられなくなり、寄り添ってレイと修に比較的歩き易い場所を教える。
　修と仄が乗ってきた車の所までたどり着いた時には、茉菜の咳も少し和らいでいた。彼女は辛うじて修に何かを伝えると、修は表情を険しくする。
「……それでいいのか？」
　修の問いに茉菜は頷く。そして、付き添ってくれたレイ達に小さく微笑んだ。
「皆、ごめんね。ありがとう」
　そう言うと、修は茉菜を車に乗せる。そして仄にどうするか問えば、彼女はレティシアたちと行動するために残る、と言った。
「悪い。後は頼む」
「任せておけ。そっちも何かあったら連絡してくれ」
　修の言葉に、仄が頷く。傍らではレイとレティシア、雪月が心配そうに見つめていた。４人は修と茉菜が車に乗り込み、走り去るのを見送るとレティシアが言う。
「私達は、歌声の主を探しましょう」
　レイと仄、雪月は頷くと先ほどの場所まで歩いて戻るのだった。

　久雨は空音を追おうとしたが、振り返る。士もまた彼女を追っていたのだ。彼は久雨と目が合う。
「浮舟も、巻き込まれていたのか。でも、元に戻ったようだな」
「そんな事よりも、士。何があったんだ？」
士が事情を説明する。と、久雨は小さく苦笑して頷いた。
「わかった。それじゃあ、一緒に空音の所に行こうか」
「ああ」
　２人は並んで雨の中を走り、空音を探し始めた。

（士くんなんて知らないもん。みんなとセイレーンさん、探してるもん）
　空音は半べそ状態でとぼとぼと歩いていた。すると、足音が風に乗って聞こえてくる。振り返ると士と久雨が空音を追いかけていた。空音はばつが悪くなり、逃げようとしたが久雨が手を握った。そして、士が追いつくなり、「そこまでだ」と二人まとめて抱きしめる。
「はわっ？！　な、何？　何なの？！」　「ちょっ、浮舟！」
　空音と士が目を白黒させるも、久雨は優しい声で空音に囁く。
「事情は聞いた。士がした事は大切な何かに触れたのかもしれない。が、空音を失わない為にはそうしなくてはならなかったのだ。……信じてやれ」
　その言葉に士は少し視線をそらすも、空音は少し考え……「くーちゃんが言うなら」と頷いた。どうやら信じてくれるようだ。そして、士も空音へと頭を下げる。
「すまない。君が気絶してる間に何かしたのは事実だから、恨まれて当然だし、あのような仕打ちを受けるのも当たり前だ。……だから、責任は取る」
「ううん、こっちこそ……助けてくれて、ありがとう」
　空音は、漸く落ち着いてお礼をいう事ができた。けれども、唇のことについては許していないらしく『それとこれとは別』なのだと前置きした上で、真っ赤な顔で言った。
「その、あれだよ！　言ったからには、ちゃんと責任とってね！　約束だからね！」
　そう言いながらも空音は気にしないようにしよう、と心に決めた。そうでなければ恥ずかしくて仕方ない。
　その後、士は何かを思いついたのか、岬へと行く、と空音を久雨に任せ歩いて行ってしまった。何をするのか予想がついた久雨は止めようとしたが、止める事ができなかった。