古木に囚われて｜リアクション

古木に囚われて

「どんな夢を見ていたのか、教えてもらえませんか？」
　何とか蜂をやり過ごした日向が旅館に帰って来るのを待って、美野梨たちは、食堂に集まった。
「どんなって……私は理想のイケメンに出会って、デートをする夢よ」
「俺は社内コンペで優勝してました」
「私は子供が無事に生まれるところです」
　美和や建設会社の作業員は皆、『自分の望みが叶った夢』を見ていたようだ。
「……そもそも、雪川村で客人をもてなす料理というのは、どういうものなんだね？」
「“ぱらいそ様”の実と花の蜜を使った料理だと、私の曾祖母は言ってました。子供の頃に食べたら、まるでお酒でも飲んだ時みたいにフラフラしちゃって、『美和ちゃんにはまだ早かったかしら』と言われてからは、食べずじまいです」
「あなたのご家族は酩酊しなかったのか？」
「両親はなりましたけど、曾祖父母はちっとも。村の人は違うのかなと思ってました」
　道哉と美和の会話を聞いていた美野梨が、メモに情報を整理しようとした時、紫が呟いた。
「ふぅん、幸せな夢が見られるから、ぱらいそ様なのかしらね」
「えっ？」
「ぱらいそっていうのは、ポルトガル語で天国とか楽園の事なんだそうよ」
「……天国。そうか、村の人たちは知らなかったのかも」
　美野梨は美和を見た。

　“ぱらいそ様”の蜜や果実を食べると酩酊し、幸せな夢を見る。
　“ぱらいそ”様が傷つくと、蜂がやってくる。
　　女王蜂は、人間を刺していた。

「先生、女王は卵を産み付けていると思います。たいていの蜂は、毒針と産卵管は同じだし」
「えっ、なんで？　蜜蜂が人間を刺すのは身を守るため……」
　そこまで言って、美和も分かったようだ。
「蜜蜂とは限らない……あの蜂は、他の生き物に寄生する性質があるのかも」
「じゃあ、蜂が蜜をあげていたのは、人間を眠らせるため？」
「動かず、栄養を与えれば卵が育つから……」
　蒼の疑問に、青白い顔の紫が答える。　
「じゃあ、今まで村に来た人たちは、“ぱらいそ様”が傷ついてなかったから、記憶を無くしただけで帰れたんですね」
「違いない！　蜂も古木もあやかしなんだろう」
　日向の言葉に、道哉は猫になりかけ……慌てて人間の姿を保つ。
「“ぱらいそ様”が傷ついた時、蜜と引き替えに蜂を呼んで、獲物が逃げられないように閉じ込めていたんだわ」
　美野梨は眼鏡を外し、強く目頭を押さえる。
　窓の外では、強く風が吹き。
　ざぁっと花びらを舞上げた。

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