冬のよく晴れた空に、咲き誇る花。
ざっ、と吹いた風が青紫の花びらを散らす。
「わぁ……相変わらずきれいだな……」
久保田 美和は、雪川村の外れにある古木を遠目に見て、ため息を漏らした。
差しこむ太陽に、透ける花びらがちらほらと舞い落ちる。数多の蜂たちが忙しげに花に群がっていた。
――始まりは、友人からの転居通知だ。
葉書には、故郷の雪川村がリゾート地として開発される事が決まったので、移住した。新居に遊びに来て欲しいとの言葉に、美和は引っ越し祝いに行ったのだ。
雪川村は、美和にとって曾祖父母の家があった場所だ。長期休みにはちょくちょく出かけていた。
友人と昔話で盛り上がるうち、どうしても懐かしの風景を見たくなった美和は、こっそり雪川村を訪れたのだが――
「確か、花が咲くのは夏の筈だったけど、今11月だよね……しかも蜂までいるなんて、冬越しの準備かな?」
首を傾げたその時、古木の奥にある民家から、人が飛び出してくる。
灰色の作業着に、白いヘルメットをかぶった男性だ。
「あ、もしかして工事関係者の方ですか? すみません、私久保田と……」
美和が名乗って、勝手に入った事を謝ろうとすると。
「ひぃぃっ! 助けてくれぇ!」
美和には目もくれず、こけつまろびつ走り去る。
その後を、蜂の群れが追いかけてゆく。
(工事の時、蜂の巣をつついちゃったのかな……私も帰った方がいいかも)
不穏なものを感じた美和が踵を返すと、そこには蜂が飛んでいた。
「わっ!?」
出口の方向を、びっしりと蜂の群れが埋め尽くしている。
しかも、一匹一匹が手のひらよりも大きいサイズだ。
(とにかく、建物に隠れないと!)
刺激しないようにゆっくり動き、奇しくも男性が出てきた建物に入った美和は、息を呑んだ。
板の間に人間が何人も並べられ、蜂たちが行き来している。
人の口周りに群がる蜂は、何かを入れているようだ。
そして、奥の方にはひときわ大きな蜂が、もぞもぞと人間の上を動いている――女王蜂だろうか。
「な、なに……これ」
彼らは一斉に、美和の方を向いた。
◆◇◆
「おや、この話題、また再燃したんですね。願いが叶う幻の郷、雪川村」
パソコン前の椅子をぐるりと回して、
花菱 朱音は画面に見入った。
Webサイト『F.O.A.F 都市伝説研究室』の掲示板を盛り上げているのは、数年前に沈静化したと思っていた噂話だ。
某県山奥の寒村、雪川村に行けば、住民が手厚くもてなしてくれ、抱いた望みは何でも叶う――という、この界隈にはありがちの、じつにフワッとした情報。
さらに、拍子抜けの決着までついている。
第一に、雪川村は幻ではなく、実在している。へんぴな秘境ではあるが、地図と交通手段があればたどり着ける。行きも帰りも何の障害も無い。
第二に、特に閉鎖的でも妙な風習があるわけでもなく、宿泊や入湯も可能。食事も美味しい。忙しい日常に疲れた現代人にぴったり。
(……噂の実情を確かめに行った人は皆、自分がどんな望みを抱いていたのか、望みが叶ったのか叶わなかったのかを、決して思い出すことは出来なかった……はず)
朱音は過去記事のまとめページを参照しつつ、記憶を掘り起こした。
多少おかしな所はあるものの『村に行った人は皆、美味しいものを食べて、温泉入ってリフレッシュしたい! という願いを抱いていたのでは? それが叶ってハッピーエンドですね!』という結論になってしまったのだ。
「ふぅん……今ではリゾート開発が決まって、住人は誰も居ないんですね。工事関係者と連絡がとれない? 別にそれは都市伝説では……ん?」
朱音は次行の文字に目を見開いた。
「蜂に、閉じ込められている?」
皆様こんにちは、『特に昆虫パニックホラー愛好家ではない』陣 杏里です。
この度お送りしますのは、出られない村、第二弾!
ひなびた寒村+蜂+幻想的な古木の、ホラーシナリオです。
花菱さん、都市伝説研究室さん、ご出演ありがとうございます。
もしご参加頂ける場合は、ガイドに関わらず、ご自由にアクションをお考え下さい。
シナリオ概要
某県山奥の寒村、雪川村では今「行った人と連絡が取れなくなる」事件が続発しています。
行方不明になっているのは、雪川村のリゾート開発に着手したゼネコンの関係者が主です。
ネットのオカルトサイトや、ねこったー界隈では『行くと願いが叶う雪川村、人気再燃か!?』みたいな感じで話が盛り上がっているようです。
数人が人里に戻ることに成功し、事件が公になりましたが、現在雪川村には入る事は出来ても出ることは不可能になっているので、警察も困り果てています。
皆様は
・雪川村に行って、何が起きているのか確かめる! のもいいです。
・目覚めたら、突然昭和の古民家にいて、蜂に追われて右往左往する のもいいでしょう。
・美和ちゃん先生を助ける! と意気込むのも歓迎です。
・どうしても叶えたい願いがあって、一縷の望みをかけて行く、のかもしれません。
何ができるのか?(アクション)
雪川村は今のところ、入る事については何も障害はありません。ただし出ようとすると、花吹雪が吹き荒れ、蜂に妨害されたりして、村内に押し戻されてしまいます。
インターネットは、繋がったり繋がらなかったり、不安定です。
ろっこん、星の力、あやかしの力などは、特に問題なく使えます。現代日本で持っていておかしくないものは、問題なく持ち込めるでしょう。
↓村内では、以下のような場所を調べることができます。↓
◆村役場 →村の広報などが少し残っています
・村はずれにある、樹齢不明の古木を“ぱらいそ様”と呼び、ご神木として奉っていた。
・熊の神格である“うるそ様”も奉っていて、小さな祠がある。木の実やハチミツが供物。
・毎年、二柱の神をあがめ、山の恵みに感謝する祭を行っていた。
◆旅館 →村に一つだけの宿泊施設。今はもちろんやっていません
・村には、訪れた客を“ぱらいそ様”の果実や花蜜を使った料理でもてなす習わしがある。
・客には「美味しすぎてふわ~っといい気分になる」「痛みが和らぐ」「疲れが取れる」と好評だった。
◆建設事務所 →工事関係者が寝泊まりする場所も兼ねています
・リゾート開発は、特に反対運動もなく、和やかに進んだ。
・村の歴史を伝える史料館を作ることも決まっていた。
・古木の“ぱらいそ様”はあまりに年を取り過ぎているため、移植ができず伐採することになった。
・熊の“うるそ様”の祠は、小さく移転可能だった。史料館予定地の片隅に移転している。
◆蜂と“ぱらいそ様” →遠目から観察できます
・“ぱらいそ様”のしめ縄は取り外され、そびえ立つ巨体にチェーンソーの入った跡がある。
・詳しく見ようとすると、蜜を集めている蜂が襲いかかってくる。
・花の香りの他に、チェーンソーの傷口から、何か別のにおいがするような気がする。
◆人間が並べられている家 →窓の隙間から、こっそり中が見られます。
・板の間に並べられている人達は、気持ちよさそうに眠っており、特にうなされている様子はない。
・たまに言う寝言は「ありがとう!」とか「うれしい!」とか平和なものばかり。
・奥の間(=“ぱらいそ様”に近い方)には蜂が沢山いる。巣があるのだろうか。
NPC紹介
・久保田美和(くぼたみわ)
寝子島高校、現代文の教師。
思い出の村を一目みたいと出かけ、古民家でスヤスヤ眠る羽目になってしまった。
寝言は「似合うだなんて、そんなぁ」とか「素敵なお店~」「こんな嬉しいプレゼント、初めて!」など。
とても幸せな夢をみているようだ。
マスターコメントは以上となります。
小さな村のふしぎ恐怖体験に、どうぞご参加下さいませ!