【他人のフツウはしらんぷり】

「囮はうまくいったようだね。今、君たちの友達が爆弾で木っ端微塵になったとこだよ」
「「！？」」
　その言葉に思わず一同、顔を見合わせる。
「あとは君たちだけだ……」
　もう一本のハンターナイフも取り出し、左右の手に逆手で構えるナナオ。
「鈴木さん！　黒依さんや双葉さんの安否確認を！」
『今やっている、加瀬！　でも誰も答えないのだ！』
『畜生！　応答してくれ！』
　スマホから流れる鈴木と芹沢の慟哭。

＜ただいま、館内で火災が発生しました。お客様は慌てずに、出口まで避難してください＞

　館内アナウンスが繰り返される。
　絶望が辺りを支配し始める。
「ねぇ、教えてよ」
　桜庭がナナオを睨み付ける。
「死体の暗号、原罪、創世記３章の７節、裸と言う事を知る知恵、つまり、ろっこんの目覚めを表してるのかな？　大量の７って事でそれを表し、ボクらを誘き寄せた。そして、赤と青の色違いは二重人格の意味を表してるんじゃないのかな？」
「……へぇ」
　桜庭の推理に、ナナオが嬉しそうに口角を吊り上げた。
「素晴らしいよ。ぼくの頭の中身が見えてるのかな？　100％の模範解答だ。」
　ぱちぱちぱち……。
　ナナオは拍手で讃える。
「『君が深淵を覗き込むとき、深淵もまた君を覗き込むだろう』って言葉を知ってるかい？　ぼくの考えが分かるってことは、君はもしかしてぼくと同類なのかな？」
　薄ら笑いを浮かべ、心底楽しそうなナナオ。
　ナイフを片方しまうと、右手を桜庭に差し出した。
「君と友達になれるのかな？」
　桜庭の回答は、ナナオの頬に減り込む右ストレートだった。
　不意打ちを喰らったナナオ、あまりの激痛にその場をのたうち回る。
「ふざけないでほしいな！　ボクは君を許さない！　君はボクの敵だよ！」
「そっかぁ、残念だなぁ！」
　すくっと起き上がると、ナイフを桜庭に向けて繰り出すナナオ！
　桜庭、避けられない！

「ああ、メンドくせぇなぁ」

　鈍い音がした。
　床に赤い命の元が滴り落ちる。
　……屍の心臓に深々とナイフが突き刺さっていた！
「い……ってぇええええええ！」
　屍が心臓に刺さったナイフを抜き去ると、勢いに任せてナナオに頭突き！
　たたらを踏むナナオ。同時に、信じがたいと言いたげに驚いている。
「なんで？　君は致命傷を負ったはず！」
「屍先輩！」
　桜庭が近寄ると、とんでもない光景を目の当たりにする。
　心臓に深々と開いた傷穴が、どんどん塞がっていくのだ！
「……これが俺のろっこんだ。今なら戦車に轢かれても復活できるぜ？」
　ろっこん『死屍に鞭打つ』は、空に月が出ている状態で致命傷を負うことで発動する。
　その効果は、不死身に近い身体を得ること。
「敵でもなんでも知ったこっちゃねぇ。俺が無敵になった以上、てめーをブチのめすまでだ、セブンよぉ！」
「……俺を忘れるなよ？」
　ナナオの背後に如月と屋敷野が回り込む！
　如月の右腕の蒼き輝きが一層強くなる。
　これも桜庭の無自覚ろっこん『ブレイブハート』の天運のおかげか。
　更には、
「動くな！　貴様が怪人セブンだな？」
　刑事たちが更に周囲を取り囲む！
「四面楚歌だね。まいったなぁ」
　苦笑しながらナナオ、ハンターナイフを天井へ掲げる。
「ま、逃げるのは簡単だ。ぼくのろっこん『忘却する緋刃』を使えばね！」
　ナイフを勢いよく振り下ろした先は、ナナオ自身の腹だった。
　飛び散る血液。いきなりの自傷行為に、周囲は唖然とする！
「きひひひひひひ！　ねぇ、ゴスロリちゃん！　ぼくの名前はナナオ！　君の名前は？」
　狂喜、狂喜、凶鬼。
　脈絡のない会話に混乱する桜庭、そのまま素直に答えてしまう。
「桜庭 円……、桜の庭に、円周率の円で、まどか」
「円ちゃんかぁ！　いい名前だねぇ！　忘れないよぉ！」
　ナナオが桜庭に駆け寄ると、血塗れの右手を桜庭の顔に押し付けた！
「いやっ！」
　顔が血塗れになり、嫌がって目を閉じる桜庭。
　それを見て、にやりと笑うナナオ。
　血に濡れたナイフを腹から抜き、桜庭以外に見せ付ける。
　そして叫んだ！

『そして今日もフツウは死守された！』

　バタッ、バタッ、バタッ……！

「え、えっ？　何をしたの？　刀君！　ひびきちゃん！　しっかりして！」
　顔に掛かった血を拭き、辺りを見回すと桜庭以外が気絶していた。
「安心してよ、まどかちゃん。みんなの記憶を消しただけだ」
「記憶を消した……？」
「そうだよ。ぼくのろっこんは、発動するとぼくに関することを周囲の人に忘れさせることができるんだ」
　それを聞いて愕然とした。
　そんなことをされたら、この殺人鬼は絶対に捕まらない！
「……でも、なんでボクだけ記憶を消さなかったの？」
「消せなかった。ま、そうぼくが仕向けたんだけど」
　顔に血を塗ったことでね、と付け加える。
「おめでとう、君は『原罪の語り部』に選ばれたんだ」
「どういう、こと……？」
「君だけがぼくを世界で唯一理解できると確信したからさ。君はぼくを周囲に語り継いでくれ。もっとも、誰も信じないだろうけどもね？」
　そういうと、腹の傷口を抑えながら悠然と出口へ向かうナナオ。
「じゃあね、ばいばい。これから七罪を元に君たちを裁く。また会えるといいね、円ちゃん」
　殺人鬼はこうして、夜の寝子島へ紛れていく。


　黒煙が立ち上るシーサイドアウトレット。
　爆発の瞬間、霧切のろっこん『バジリカ』のおかげで事なきを得た不破、黒依、御巫、シャルロット、霧切、清秋院。
　しかし、双葉はもれいびではなく、ただの人間。
　爆圧にやられ、軽傷を負ってしまった。
「これくらいなら……！」
　黒依は左手の刺青に口づけ、願いを込めて歌い出す。
　手をカッターで切り裂き、治癒の力を得た彼女の血で双葉を治療する。
（私たちがフツウを死守するの……！　双葉さんの怪我はここで治さなきゃ！）
　手のひらの痛みに顔を歪めつつ、必死にろっこんを発動し続ける黒依。
「皆様、こちらです！」
　清秋院がろっこん『ダイレクト・ドア』を発動し、何もない場所から脱出口を作った。
　一同はそこから燃え盛る施設内から無事脱出した。


「あ、おそーい！」
　公園で待っていたののこが桜庭に駆け寄る。
「よかった、無事だったんだね！」
　ちくわを咥えた新井の表情が緩む。
　ミステリ研の面々が先にののこと合流していたのだ。
「アウトレットで火事？　大丈夫かな？」
　心配そうな顔をするののこ。
「何があったのかなぁ？」
　桜庭は努めて笑顔を作り、ののこに答えた。
「……ガス爆発、みたいだよ？」
　とっさに吐いた桜庭の嘘。
　ののこのフツウを守る為の、嘘。
「みんなは無事なの？」
　ののこは疑いもせずに、再び訪ねてきた。
「大丈夫だよ。みんな無事だって」
　芹沢から安否確認の連絡を受けていた桜庭。
　ただし、気絶から回復したメンバーは、セブンに関する記憶が殆ど残っていなかった。
「そっかぁー。でも、みんなが怪我なくて良かった！」
　にこにこ嬉しそうに笑うののこを見て、ようやく『ののこのフツウ』を死守できたと実感する桜庭だった。
　と、同時に、『他人のフツウは関係ないんだ』と思い知らされ、涙をグッと堪えていた。