ひろわれっ！｜リアクション

ひろわれっ！

◆迷子になった人間

「君、どうしたんだい？　ああ、可愛そうに。捨てられてしまったのかい」
「猫さん……？」

　恵御納夏朝は状況が飲み込めず、口をぽかんと開けていた。
　話しかけてきたのは人間のように２本脚で歩く、金色の目を持つ黒猫だった。どうやら彼女は不思議な世界に迷い込んだようだ。気が付けば段ボール箱の中に座っていて、捨てられたように見える。

（また神魂のイタズラかな）

　驚きはしたものの、それほど困ってはいない。周囲にも可愛い猫がたくさんいて、夏朝の興味は尽きない。

「ここは寒いだろう。さ、中へ入りなさい」
「えっと。ここは……」
「私の店さ」

　案内された先では猫たちが何匹も働いていた。夏朝は思わず目を輝かせる。ふわっといい匂いがした。

「ところでここは、何のお店？」
「ああ、喫茶店だよ」

　よく見るとカウンターがあり、調理スペースの奥には食器棚が置かれている。

（あの温かいぷにぷに肉球のお手手で作る飲み物や料理はきっと温かくておいしいんだろうな）

　夏朝は夢を膨らませながら調理の様子を眺める。
　おそらくここは猫たちが住む街で、色んな二足歩行の猫がいるのだろう。箱の中にいた夏朝の周りに集まった猫のなかには、子猫の姿もあった。

（そういえば黒子猫さんは白子猫さんを守ってた気がする）

　そうやって支え合って過ごしているのかもしれない。ただ面倒を見てもらうわけにもいかないと、夏朝は喫茶店の裏方を手伝うことにした。ここには夏朝以外に人間がいないのでどうしても目立ってしまう。だから材料を切ったり、皿を洗うといった仕事をやる。
　知っている食材もあれば、知らない食材もある。この世界特有のものだろう。扱い方を先輩猫に教わりながらできるだけ丁寧に作業する。

（けっこう忙しい……！）

　猫たちがやってきて様々な注文をする。喫茶店といえど軽食だけで結構なメニューがあり、いつまで経っても慌ただしい。ようやくピークを終えると、夏朝は休憩に入った。

「ふぅ……疲れた」
「あんたが噂の人間さんか」

　休憩所にはエプロン姿の猫がいた。夏朝より一足先に休憩に入ったようだ。

「ここじゃ人間は珍しいからさ、ちょっと話し相手になってくれないか」
「いいですよ」

　夏朝は寝子島の様子や、そこで暮らしているたくさんの猫のこと。それから自分が通っている寝子島高校のことなどを話した。エプロン猫からはこの店を中心に猫たちの生活を聞かせてもらった。休憩を終えた後もちゃんと働き、店は閉店時間を迎えた。

「お疲れ様」
「ありがとうございます」

　心地よい疲労の中、どこか遠くから猫の鳴き声が聞こえた。この店ではない、もとの世界の猫たちの声。どうやらお別れの時間らしい。

（……ここを離れるのは、ちょっと寂しいけれど）

　夏朝は自分を拾ってくれた黒猫をしっかり見る。その視線を受けて黒猫もなにか察したようだ。

「拾ってくれて、ちょっとの間置いてくれて……本当にありがとう。縁があれば、また会いたいな」

　黒猫が小さく微笑んだ次の瞬間、夏朝は寝子島に戻っていた。

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