寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！｜リアクション

寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！

　見た目ロリータ声もアニメ声、実年齢は二十代後半だというのに、誰もが彼女を中学生くらいと見まちがうだろう。小学生かと疑う者もあるかもしれない。
　彼女は『まみ子』と名乗った。一人称も『まみちゃん』だ。
「まみちゃんでーす！　スカウトされてきたんだよー♪」
　マイクを握る姿も堂に入ったものだ。なお地声はもっと低く、訓練してこういう声を出しているという事実を知る者はわずかである。
　じゅん、なりきってる。
　あらためて恋人の変貌に、さゆるは舌を巻かずにはいられない。なお自分は逆に、まだ高校生なのに二十代に見られがちだった。
　マンボウくんに声をかけられ、仮装コンテストに出ることになったさゆるとじゅんだった。
「この服ねー、女性吸血鬼のイメージなんだ。かわいいっしょ？」
「凝ったポイント？　んーとねー、薔薇のコサージュかなぁ」
「えへへ、そう？　うれしいなー」
　じゅんはほとんど話す必要がなかった。ＭＣサンマさんからの問いかけには、てきぱきとじゅんが回答してくれるからである。
「オーライガールズ、よくわかったぜ！　それでパフォーマンスは何をしてくれるのかな？」
　サンマさんが話をむけると、ここでじゅんは、「ほら言って」とさゆるをうながした。
「私が……？」
「そ。ほらみんな待ってるよ」
　困った。
　衆目を浴びることにさゆるは慣れていない。それでもおずおずとマイクを両手で握ると、つっかえつっかえながら言った。
「じゅ、いえ、まみ子のリクエストで、吸血鬼をテーマにした秋アニメの主題歌で、えっと、『吸血鬼の園』、を歌います」
　消え入りそうなさゆるの声に、まばらながら拍手が飛んだ。
　ところが歌いはじめてみればたちまち、さゆるは会場を支配下においた。圧倒的な歌唱力！　しなやかにして伸び幅は大きく威風堂々、さりながら表現力も細緻にして豊かだ。ハスキーなパートになると凄艶で、ハイトーンたるや天すらつらぬくよう。じゅんもアニソンは歌い慣れているので下手ではなかったが、途中からそれと悟ってメインヴォーカルではなく、もっぱらバックコーラスに集中するようになった。
　最後のワンフレーズを歌い終えてマイクを切り、さゆるは気がついた。会場は水を打ったように静まりかえっていた。
　しまった。
　歌っているあいだは必死だった。歌詞を思い出すのがやっと。周囲などかまわず集中しすぎたせいで、しらけさせてしまったのかとさゆるは思った。
　きっと下手だったから。
　恥ずかしさよりも、じゅんへの申し訳なさでいっぱいになる。
　小さな拍手が鳴った。魔法使いをイメージした水色の衣装の女性からだ。すると急に目を覚まされたように、怒濤の勢いで拍手喝采が鳴り響いたのである。スタンディングオベーション、誰もが立ち上がって手を叩く。悲鳴のような歓声もあがった。「アンコール！」の声がつぎつぎと飛ぶ。
「あ、ありがとうございました」
　それだけ言うのがやっとだ。一体何が起こったのか自分でもわからない。冷や汗が浮く。さゆるは走ってステージを後にした。
「さゆる」
　舞台袖に入ったところで、肩に置かれた手はじゅんのものだ。ニヤニヤとして嬉しそう。
「あんた、めちゃくちゃ歌うまいじゃん。声もいいし」
「そうかしら？」
「これだから無自覚美人は……」
　むくれつつじゅんは腕組みするのである。「こんな受けるんだったらアンコールの曲も用意しときゃよかった」
　なんかやる？　とじゅんが訊いたが、さゆるは全身で『無理！』と表現するのがやっとだった。
　いつまでも、こんな日々がつづいてほしい。
　さゆるは願う。

　結果から先に書くとコンテスト優勝はこのふたりが飾った。景品は寝子島商店街の商品券である。ちょっとびっくりするくらいの額なので、米や肉野菜、はたまた書籍にはしばらく困らないだろう。