「はーい！　みんな見てるー？」
　動画サイト越しに見ている人は、『リアルタイム放送中』のランプを目にしていることだろう。
「きょうはー『お姉チャンネル』ハロウィンスペシャルだよー！！」
　日曜日まだ昼前、今日も最高の秋晴れだ。スマホに向かって森篠 奏子はとっておきの笑顔を見せている。本日に備え奏子は持ち運びに適した動画撮影用カメラを探したが、なかなかこれというものが見つからず（予算上の折り合いもつかず）、あきらめてスマホと自撮り棒というありきたりの組み合わせを選んでいた。
　当初は仕方なくこれに落ち着いたと考えていたのにしかし、何度か練習してみたところ案外操作性も写りもよく、音声さえ多少明瞭気味に意識して話すよう注意すれば十分使用にたえるとわかった。
「今日は外に出て、お姉ちゃんの動きをスパイ並に密着取材生中継しちゃうよー！」
　お姉チャンネル初の本格的ロケである。
　初ロケをハロウィンに企画したことには意味があった。通常の時期だと、いくら見慣れたアイテムであろうと外を自撮り棒をもってうろうろしている姿は純粋に怪しい。けれどお祭りのもとでは特におかしな見た目でもなくなるだろう。
　さらに奏子のコスプレは魔法少女である。巨大玩具店ハローニャックで『魔法少女の衣装』という商品名で売られていたノーブランド品だからまちがいない。衣装はとても安かった。だが激安だけあってあんまりかわいくなかった。そもそもなんのキャラクターでもなかった。強いて言えば『魔法少女ミスティックエール』のミスティに似ているが、オフィシャル品に比べると相当なパチモン感は否めなかった。
　でもいいのだ。魔法少女なら変身ステッキを持っていても何もおかしくないのだから！
　自撮り棒とスマホは、ピンキーな変身ステッキに見えるよう偽装しているのである。変身BGMを口で歌いながらポーズも決めて振り回していれば、『ああ、魔法少女が変身中なのか』と周囲を納得させられるにちがいない。あまり勢いよく振るとスマホが飛んで行ってしまう危険性はあるけれど。
　リアルタイム視聴者、いるいる。
　奏子はわくわくしている。たったの三人ではあるが頼もしいファンだ。なお奏子の『お姉チャンネル』登録者数は九人である。めざせ二桁の現状だ。でも残念なことに、
　パンペルさん、いないな。
　小さなため息が出た。パンペルさんとは常連『PainPerdu0515』アカウントの主だった。ほぼ毎回リアルタイム視聴してくれる熱心なファンにして奏子の心の支えだ。つけてくれるコメントも、毎回短いながら適切ではげみになっていた。
　今日はハロウィンだから、たぶん友達と仮装でもしてるんだろうな。
　でも奏子はくじけない。パンペルさんならきっと、終了までには顔を出してくれるはずだから。
「じゃあ元気に行ってみよー！」

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　せめて家からはコートを着て出るべきだったかな。
　森篠 琳子は思う。
　顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
　衣装そのものは去年も着用したものと同じだ。露出度が高い。

　サラシを巻いただけの胸元、手首と肩に最低限の装備、あとは腰巻きと脚絆、きりりと巻いた鉢金があるだけだ。イメージカラーは濃い赤と淡い紫、炎と蝶を思わせる。腰には日本刀を佩いていた。猛々しくも美しい和風女海賊といったところか。一応、『討ち死にした女海賊の亡霊』ということで流血メイクをしているあたりがハロウィンぽいといえようか。
　昨年のハロウィン☆デイズ、琳子はこの扮装で温泉宿の企画に参加して学生生活最後のハロウィンをすごしたのだ。同行者はバイト先のファミレスの同僚たちだった。慌ただしい日々をすごしているせいか、しばらくみんなと連絡を取り合っていない。
　あれから一年、学生から社会人となり迎える初めてのハロウィンだ。
　衣装は昨年と同じ。
　でも去年と同じじゃない。
　私のかたわらには彼がいる。
　そう、秋沢 覚が。
「どないしてん？　急に黙ってもて？」
「いえ、なんでもないです」
　琳子は首を振った。
「去年のハロウィンを思い出して、ちょっとセンチメンタルになっただけです。あのときはまだ学生だったから」
　んなアホな、と笑い飛ばされるかと思いきや、覚はいささか神妙な顔で腕組みする。
「せやなあ。俺も、去年はガクセーやったもんなあ。ヒマならあったけどカネはなかった、ちゅーか」
「恋人（カノジョ）もなかったですか？」
「いーや、いまより全然多かったで。引く手あまたやったわ。港々（みなとみなと）に女がなぁ……ってんなわけないやろっ！」
　自分で自分に指摘という名のツッコミを入れて覚は琳子を笑わせた。
「よかった。一瞬信じかけました」
「アホ言うなやー。てか俺船乗りちゃうし。港々て！」
　去年は楽しかった。大切な思い出になったと思う。でもあの頃に帰りたいとは思わない。過去が美しいのは過去だからだ。いま現在だっていつの日か、美しい過去となってくれるだろう。だからこそ現時点を楽しみたい。
「社会人になってなにかと責任は増えたし仕事も楽じゃないですが、でも現在が最高だなって私は思ってます」
　だって、と琳子は言った。
「覚さんがいるから。いまの私には」
　キス以来琳子は、彼を名前で呼ぶようになっていた。
「俺かてそうや」
　と、きっぱり言い切ってくれればいいのにその後に、
「カノジョがいっぱいおったころも、まあ懐かしいは懐かしいけどな」
　照れ隠しなのかいちいち、余計なことを言い加えるのが覚らしい。
「もしかしてそれ本当なんですか？」思わず琳子は聞いてしまう。「繰り返されると不安になるんですけど」
「ジョークやジョークっ、てか琳子ちゃん素直すぎやて！　そもそも俺がそないモテると思うか～？」
　思います。
　琳子は言いかけたが笑って流すことにした。
　だっていつも明るくて楽しくて、自分には厳しいのに私には優しくて、営業成績だって同期トップですでに支店長候補と噂されててるうえに細マッチョで引き締まってて――覚の魅力ならそれこそ、いくらでも挙げられそうな琳子なのである。
　そんな覚さんが私の交際相手だなんて。
　今日だって覚は琳子の仮装にあわせ、おなじく和風海賊の亡霊に変身しているのだ。片目に眼帯、胸元をはだけ、やはり刀を下げている。脚も脚絆だ。頭が寂しいと思ったのか和柄のバンダナを締めていた。筋肉質で上背があるため、実に見事な海賊っぷりだった。
　実は今年、琳子は仮装をするつもりはなかった。覚と一緒に見物できたらしいくらいのつもりだったのだ。
　ところが今月上旬、彼と話をしているときにハロウィンの話題となり、その際、琳子がスマホにあった去年の仮装を見せたことで状況は一変した。「めっちゃええ女やん！」と覚は彼女を絶賛したうえ、「今年も着てーや。俺も衣装あわせるでえ！」と力強く主張したのである。
　ということがあって昨夜のパレードも海賊カップルで参加した。そのとき寝子サンマに目撃され、「決まってるねおふたりさん！　フフフ、これはもう明日の仮装コンテストに参加するっきゃないな！」と力強くスカウトされたのだった。
　たとえ寝子島観光大使からのお誘いであっても、琳子ひとりならまずまちがいなく走って逃げただろう。たとえ覚がいても首を激しく横にシェイクしたと思う。だがたまたまではあるが、そこにテレビねここの取材クルーもいて、半ば公開スカウト状態になったので参加しないわけにはいかなかった。おまけに「やったるでぇ！」と覚もやる気百二十パーセントだったのだから。
　かくして琳子は今日も仮装で出てきたわけだが、まだ日が高いだけに恥ずかしさもひとしおだった。胸のあたりや太ももがスースーする。
　やはり高校生時代とはちがう。金融業という堅い仕事の社会人が、こんなに肉感的なコスプレをしていていいのだろうかと思わずにいられない。
　その気持ちを明かした琳子に、覚は「大丈夫や」と胸を叩いて言った。
「見てみ今日かて寝子島はコスプレだらけや。琳子ちゃんのことだけ見てるやつなんて俺のほかにおれへんて！」
　実際は『おる』のだが琳子は知らない。
　その人物は魔法の変身ステッキに偽装した自撮り棒を手に、琳子を主役にしたリアルタイムドキュメンタリーを生配信している！