寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！｜リアクション

寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！

　真夜中、もう日付は変わってしまった。
　水着姿でテーブルを拭く。
　深夜零時過ぎ。ビキニの水着。テーブル拭き。
　あんまりありえないシチュエーションかもしれないが真境名アリサにとっては日常だ。
「ちょっ、アリサさんそんな雑用はいいですってー！」
　同じくビキニの女性が飛んできて、アリサの手から台拭きを取った。
「アリサさんはスペシャルゲストじゃないですか、今夜の！」
「いやあ、ついいつもの癖で」
　あははとアリサは笑った。
　普段アリサは木天蓼市内の水着ガールズバー『ジュエル』の副店長をしている。注文を聞いて酒を運びテーブルを拭き、ときにシェイカーも振ったりするのだ。すべて水着で（あまりシェイカーは得意ではないので大抵バーテンにまかせるが）。だから別の店に来ていても、考えるより先に体が動くようになっている。
　今年もアリサはハロウィン☆デイズのイベントに参加するつもりだった。しかしそういうわけにもいかなくなった。別に身内に不幸があったとか（あったら今頃沖縄に帰郷している）、自分が入院したとかそういうのではない。単純に仕事が入ったからだ。
　ちょっとした余興くらいのつもりだったんだけどなあ。
　先日、アリサは自身のプロデュースでポールダンスを披露した。日頃はシンガーが歌ったりDJプレイに使われるステージに冷ややかな銀の棒を設置し、これに手をかけ身をくねらせ、ときに激しくときに蠱惑的に、五体すべてをつかって観衆を挑発するように踊ったのだ。もちろん厳しい練習は積んできた。だけどアリサ自身は、多少なりとも受ければいいかな程度にしか考えていなかった。ところが返ってきたのは圧倒的な好反応だった。自分で後から確認するためだけに頼んだ撮影が、まもなく動画サイトに上がったことが火をつけた。
　このSNS時代、めざましい才能は決して放置されるものではない。たちまち複数の店から客演依頼が入ったのである。
　したがって今夜アリサは寝子島にいない。六本木ではいくらか知られた大規模ガールズバーにてステージ準備がととのうのを待っているのだ。
　今夜はハロウィンだけど、そういう風潮に乗れない人もいるわけでさ。
　いまごろ寝子島はハロウィン☆デイズの真っ盛り、あっちもこっちも仮装仮装の大コスプレ会になっていることだろう。そこまでクレイジーではないにしても、東京だって例外ではない。渋谷や池袋ほどではないとはいえ仮装して歩いている姿はほうぼうに見た。でも、やはりその風潮に乗るばかりが唯一の正解ではないはずだ。むしろ乗れない向きもある。だから普段通りにやっている店の需要もあるわけだ。
　この店なんてとくにそうだよね。
　黒いとんがり帽子はおろか、カボチャ飾りすら見かけない。
　ハッピーハロウィンの大合唱から逃れるような客層がつどっているのだ。
　だからやりやすいよね。
　今夜のアリサもハロウィンをまるきり意識していない。いつも通りの光り物のビキニだ。うんと高い銀のヒールも履いている。
「セッティング終わりました！」
　スタッフから声がかかった。
「出番です！」
　あいよと返事してアリサは席を立つ。