寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！｜リアクション

寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！

　受験生ゆえ今年はパスしようかと、鴻上彰尋は考えていた。
　ハロウィン☆デイズのことだ。外に出ず勉強に集中、耳をふさぎ目をかたく閉じてただ過ぎ去るのを待っていようと考えていた。
　ところが彰尋の意志とは関係なく、ハロウィンのイベントに行きたいパレード見たいと声を荒げた同居者がいた。彼の弟妹千里と将尋だ。見たい行きたい変身したいと、求める声で鴻上家を満たしたのである。しかも当日、母親には急な仕事が入ってしまった。
　となれば俺の出番か。
　自分の都合よりもここは、弟妹の希望を優先させたい。
　俺の勉強は明日明後日でもリカバーできるけど、ふたりのハロウィンは今夜を逃せば来年まで棚上げだ。
　まだ幼い千里と将尋にとって、来年の体験は今年のそれと同一ではない。いまこのときこの年齢ということに意味がある。
　彰尋が考えたのにも理由があった。ちかごろ『子どもの体験格差』という言葉を何度か報道で目にしたからだ。
　水泳ピアノ書道、学習塾といった習いごとにかぎらず、地域のイベント参加、海水浴や登山、旅行といったさまざまな体験が子ども期の心身の成長には非常に重要であり、長じてからの学業成績、人間性に大きな影響を与えることが最近あきらかになってきた。しかし格差という言葉からわかるように、富裕層と貧困層では体験の頻度や度合いに大きな差がある。しかも年々この差は拡大しているという。銀のスプーンをくわえて生まれた子ども、つまり富裕層に生まれた子は、未就学児のころから国内外の旅行、イベント、習い事を大量に体験する。そうして身につけてきた能力で、社会的格差をさらに拡大する。あまつさえ恵まれた自己の境遇に気づかず、貧困層を『努力が足りない』『貧しさは自己責任』と見下すのだ。しかしもっとも恐ろしいのは、富裕層側のその考えを、貧困層がなぜか受けて入れているところではないか。ネットで弱者たたきをするのはたいてい、エコノミストだの評論家だのといった強者に扇動された弱者だからだ。日本の、いや日本に限らず、近年の世界の病巣だと思う。
　弟も妹も将来、見下す側にも見下される側にもなってほしくない。もちろん僕もだけど。
　そのためにどうすればいいのかはわからないが、少なくとも体験できる機会は、おしまず与えたいと彰尋は思うのだ。ましてやここは日常を超えた体験に満ちた寝子島ではないか。手を伸ばすまでもなくイベントがあるというのに見送る法はない。
　それに――これが一番大切なのだが、ハロウィン☆デイズは楽しい！
　見送るつもりだったので準備が足りているとはいえないが、彰尋はふたりの手を引いてシーサイドタウンにむかった。
　右手を千里、左手を将尋とつないでいる。彰尋自身は仮装をしていないものの、パレードの列にごく自然に混じった。
　やっぱり楽しいな。
　今年は参加者というより、観客としてのハロウィン☆デイズだ。それでも存分に楽しんでいる。

「トリックオアトリート」
　元気に千里が言う。将尋はいささか恥ずかしそうだが、それでも元気に声を合わせた。
　パレードが進んでもチェックポイントが尽きる様子はなく、いつまでたってもお菓子がもらえる。
　記憶に残そう。記録にも残そう。
　彰尋は撮影担当として、双子のハロウィンをカメラに収めるのである。　