寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！｜リアクション

寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！

　目もくらむ電飾が雪のように降り注ぎ、笑い声と歌声は夜の静寂をどこかへ追いやる。
　どうしてぼくは、パレードに参加してるんだっけ。
　月原想花は自問した。
　あの日、滴さんが姿を消したというのに。
　それも自分のなかで、彼女への想いがかたちになった矢先に。
　黒白滴は消息を絶った。
『私から……寝子島を、守ってね』
　この言葉を残して。
　いまだにあのときの言葉と声は、想花のなかでくすぶりつづけている。熱を有さぬ火のように。
　今度ぼくが滴さんと会うときは、もう友達同士じゃない。
　敵として、なんだ。
　想花は足を止めている。
　空に向けた手のひらに、光の花弁が舞い降りた。握ってもつかめない。爪の上に場所を移すだけだ。
　ふと光が『す。』という活字に見えた。それにとどまらない。見上げれば輝く活字がどんどん落ちてくる。『だ。』も『しかし、』も、もっと大きな意味をもつまとまりも。
　多数の単語が浮遊していた。『姫』や『魔法』といった夢のある単語だ。『……と語ったのである。』と締めくくりの文章が滑ってくる。足下に落ちたのは無駄に長尺の言い回しで、竹のようにまっすぐなフレーズが追い落としたものだった。
　これって、と想花は思った。
　ぼくのなかにある言葉たちだ。ぼくの小説の言葉が降ってきてる。
　想花は活字を浴びていた。一度は自分がつむいだ言葉、小説にしてまとめた文章、異世界の物語を。
　想花の仮装は魔法使いだ。貸衣装屋で見つけた衣装、今彼女が書いている小説に出てくる『天空魔導師』のイメージに合うと思い選んだものだった。
　天空魔導師は星座から魔力を引き出す魔法の使い手である。さすれば想花は、文字から魔力を引き出す魔法使いといったところだろうか。

「よかった」
　声をかけられて想花は我に返った。
「表情に生気、戻ったね。月原さん」
「え？　ぼく、そんなに死にそうな顔してた？」
　紗櫻都（シャルロット）さん、と問いかける。どうしても遠慮がちになってしまう。この名前を口にするのにはまだ抵抗があった。　川上紗櫻都（かわかみ・しゃるろっと）は想花の同級生だ。革命前フランス貴族のようなタテ巻ロールの髪、漫画なら悪役令嬢と呼ばれそうなゴージャスな見た目の少女である。それで名前がシャルロットなのだから、キャラ立ちするにもほどがあると言いたくなる。ただし母親はフランス人で、『紗櫻都』なる文字は完全な当て字だ。でもどうして『櫻』が『る』になるのだろう。
　そうともちがうとも言わず、紗櫻都は微笑を返した。
「誘ってよかった」
　彼女の衣装は魔界の貴族風である。髪もたくしあげており、男装の麗人という雰囲気がたまらない。まさか自前？　と疑いかけたが、よく考えてみたら想花と同じ貸衣装屋で選んだものだ。
「行こうよ」
　想花の袖を紗櫻都は引く。ご令嬢バリバリの見た目と名前ながら、紗櫻都はサバサバとした、なんなら男の子っぽい口をきくのである。　