寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！｜リアクション

寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！

　最近のFPS（ファーストパーソンシューティング：一人称視点のシューティングゲームのこと）の進化たるやすさまじいものがあり、訪れる敵や環境のリアルさ、没入感の高さは数年前とは比にならない。しかも従来は見過ごされがちだったプレイヤーキャラクター、すなわちプレイアブルな主人公についても設定は進み、直接画面に登場しなくとも、凝った作り込みや背景、コスチュームなどが与えられるようなった。
　本日ハロウィンの仙藤蒼はホラー系FPSの女性主人公に扮していた。普段着ている服装であろうと、機能的なジャケットを重ねてベルトに二丁のモデルガンを挿せば、気分はもう現代の聖銃士だ。左右いずれもデザートイーグルなのもたまらない。いつだって聖別された銀の銃弾で、悪しき死霊どもを打ち抜ける気分である。

　どんなもんよと上体を反らせ気味に、左右の脚を交互にくりだす蒼であったが、さすがに完全再現はできていないと想っている。
　いくらがんばってもゲーム内の「明らかに人体構造上できるわけないだろ」的な動きまで模倣できないよね。
　原作キャラがしばしば見せるのは、肩甲骨が裏返っていたり股関節が逆についていないと、まずできないポージングなのだった。モデルを前にした人体デッサンでは描きようのない姿勢といえよう。蒼もがんばって再現しようとこころみてはいるものの、球体関節人形ならぬ身の悲しさ、できないものはできないのである。
　しかし蒼の無念をふきとばすように、「いいよその調子！」と励ます声があった。
「とっても格好いい！　もっと見せて！　もっと笑顔で！」
　叫んでいるのは少女だ。半仮面をつけタキシードとマントで飾り立てた怪盗少女、しかしてその実態は、同級生で同じ水泳部の宮内詠美なのだった。専属カメラマンかパパラッチかといった勢いで、蒼にカメラを向けバシャバシャとフラッシュをたきまくっている。
　蒼と詠美の関係はプールのなかでつちかわれた。蒼が彼女のコーチ役をつとめ、それまでまともに泳げなかった詠美を、イルカとまではいかずとも、泳げると言っても問題ないほどのレベルへと導いたのだ。熱意といらだちがぶつかり、岩を打つ波のようになった場面もないではなかった。けれど蒼の熱意と詠美の情熱は、見事な結果へと結実したのである。
　かつてメンターは蒼だったのだが現時点では逆だ。一枚でもいい写真を残すべく、詠美は蒼にメッセージを送る。
「目線お願い、そう！　その姿勢で右足だけ前にできる？　うん、いい感じだよ、がんばって！」
「こんな感じ……？」
「まだ表情がかたいよ、リラックスリラックス！」
　仮装も体力勝負だと蒼は知った。
　ゲーマーにも意外に体力が必要で、長時間集中してプレイするにも格ゲーやシューティングでコマンドを高速入力するにしても相応の体力が求められるのと同じだ。ポージングにも笑顔にも体力がいる。奥の深い世界である。
　蒼が水泳部に所属しているのも体力を求めたためだった。ガチで大会出場を目指しているわけじゃない。トレーニングと体力作りはゲーマーとしても必須、基礎を鍛えるため蒼は部活動に身を投じた。　
　その努力が、仮装にも役立つなんて。
　世の中何が幸いするかわからないといえよう。
「腕の角度、もう十度ほどあげてみようか！」
　鬼コーチ詠美からの指示が飛ぶ。
　やってやろうじゃない！
　負けず嫌いの蒼に、挑戦から逃げるつもりはまったくない。