寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！｜リアクション

寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！

　シーサイドタウンではすでにパレードがはじまり、色とりどりの仮装に身を包む姿が光と笑い声を振りまきながら練り歩いているころだろう。クッキーやパイの匂い、じゅっと焼けたソーセージの香なんかもまじりあって、おなかの虫を刺激していることだろう。
　だけどここ寝子島神社は夜中のように静かだった。
　提灯がぼんやりと光をなげかけてはいるものの、魂が入っていないというか影絵細工を思わせる暗さだ。自分のほかに参詣者はない。玉砂利を踏む音すらかしましいほどである。
　ひょっとしたら本殿の神様もパレード見物に出かけているのかもしれない。
　いやそんなことはないだろう、八神修は考え直した。こんなときであっても神社は訪（おとな）う者を待っていると思う。
　賽銭箱に紙幣を入れ、手を合わせて祈る。
　鳥居をくぐるときは深々とお辞儀をしろだの柏手（かしわで）は何回で礼は何回だのと口うるさい、自称博識家にして実際は着物警察の同類でありマナー講師の手先のような人々が最近跋扈しているのは知っている。修も興味があっていろいろ作法を調べた時期もあった。だが実際のところ時代や地域によって参詣の作法はばらばらで、大切なのは作法より気持ちだという結論にいたっていた。ルーティンワークのような千回の礼が、気持ちを込めた一回の念をどうして上回ろうか。神が実在するとして、そんなに狭量なものなのだろうか。
　だから修は強く念じた。
　七夜あおいの合格を祈った。
　たとえそれが自分との別離を意味するのだとしても。彼女の宿願なのだとしたら。

　祈念を終え無人販売所でお守りも買い、鳥居をくぐったところで修は彼方からくる姿に気がついた。
　鳥肌が立つ。
「あおい！？」
　いまごろ彼女は九州のはずだ。
　けれどすぐ錯覚だと気がついた。
　先日知り合ったあおいの弟、七夜ソラだったのである。背丈も髪型もまったくちがうのだが、顔は本当によく似ている。島外の実家在住のはずなのに、どうしてここにいるのだろう。
　ソラも修に気がついたようで「あっ」と小さく声を上げた。
「ああ、ソラ君じゃないか。意外なところで会ったな」
　さっきあおいと見まちがえたこと、聞こえてなければいいのだが。
「俺、ねーちゃんじゃないっすよ」
　聞こえていたか。
　修は照れ笑いする。
「ごめんごめん、見まちがえた。どうしたんだい今日は」
「音に聞く寝子島ハロウィン☆デイズの見物っすー」
　来春から俺も寝子島住民っすから、と屈託もなく言うソラである。寝子高を受験するという話だ。合格は疑ってもいないらしい。
「ハロウィン☆デイズ？　シーサイドタウンは反対方向だぞ」
「へへ、土地勘ないんで思いっきりまちがえました。ここ、どこっすか？」
　さすがあおいの弟、と妙に感心してしまう。まちがうにしてもダイナミックすぎるではないか。
　ソラは姉の都合など確認もせずいきなり島に来たらしい。あおいには会えたが彼女はこれから九州だと言って彼を置いて行ってしまったということだ。しかたなくふらふらと寝子島を探検しているうち、ここにたどりついたものらしい。
「なるほど、なら俺が案内しようか？」
「いいんですか！？」
「かまわないよ。むしろ歓迎だ」
　聞けばソラは野宿を覚悟していたという。ワイルドなのは結構だが、と修は申し出た。
「ならうちに泊まっていけばいい。この季節に野宿はサバイバルだしさ」
　たちまちソラは目を輝かせる。
「いいんですかー☆」
「もちろんだ。客間ならあるよ。遠慮しなくていい」
　でも、とソラは言いよどんだ。すでに九割方好意に甘える様子だが、やはり一割だけ気になるようだ。
「ねーちゃんに怒られないかな……」
「俺たちだけの秘密にしよう。俺からしても、ソラ君は可愛い後輩だ。遠慮はいらない」
「後輩……？」
「寝子島高校の、さ」
　うわーいと諸手をあげるソラは、やっぱり驚くほど姉に似ていた。