そうだ、イタズラの練習をしよう｜リアクション

そうだ、イタズラの練習をしよう

　うっすらと目を開けた姫木じゅんが視界に捉えたのは、ベッドサイドに置いてあった小さなカレンダーだ。
　年末には買わなきゃと思うのに、実際は日時なんてスマホがあれば十分で、月初めなんかは捲られていないこともあるくらい、飾りと化している。
　それでも月半ばをすぎれば、どちらかが……まあ、大抵は朝鳥さゆるが気になるのか一週間も過ぎないうちに整えられることが多く、今も無事に10月の表示になっている。
（……ハロウィンって、カレンダーに書いているのね）
　何の気なしに手に取って薄明かりの中で見てみると、祝日でもなく日本のイベントでもないそれが書いてあって、不思議な気分ではある。
　それだけハロウィンがこの国で受け入れられていて、皆が楽しみにしているということだろう。
　カレンダーを戻し、もう一度布団に戻る。隣には、さゆるが年相応な穏やかな寝顔をしていた。寝ても起きても歯を食いしばるように何かに堪え、それを何でも無いと言い張るように表情の読めない瞳をし、儚さで溢れていたのに……少しずつ、本人の気付かぬ所でも変わっている。
（ただの欲目だったりして？）
　どちらにしても、こんな姿を見られるのは己だけなのだ、わざわざ他人に同意を求めるようなことでもない。
　じゅんはさゆるの額に軽くキスをして、彼女がもぞりと寝返りをうって上を向いた耳を軽く甘噛みするように食む。
「Trick or Treat?」
　クスクスと悪戯っぽく笑う声に、否が応でもさゆるは微睡みから揺り起こされる。折角幸せな、愛し合った充足感に包まれて眠っていたのに、いったい何だと言うのか。
「ほら、どうする？」
「何……？」
　何か聞かれた気はするが、それが何であるかなどぼんやりしているさゆるに理解ができるわけもない。なんだったら、これも夢の延長なのかわからないくらいには、ハッキリとしない。
「Trick or Treat――ハロウィンでしょ」
　今日が？　もう？　ああ、違う。
　数度重たい瞬きをして、さゆるは少し目を覚ました。
「お菓子、用意したって悪戯するんでしょ？」
　肯定も否定もせず、ただニヤニヤ笑っているじゅんは、さゆるの髪をかき上げるように撫でている。それが寧ろ、肯定とも受け取れる笑みだから仕方ないなとさゆるも微苦笑を浮かべて。
　そして少し珍しく、子供のように拗ねてみせた。
「……仕事、でしょ」
　イベントの稼ぎ時に、嬢が同伴で遅れてくるならともかく欠勤など相次いでは店が成り立たない。仕事なのだから送り出さねばならないとわかっていても、行かないでと縋り付きたくなる。
「なんでもない」
　さゆるはじゅんと指を絡め合ったまま、再び眠りについた。

　――翌朝。さゆるは昨夜の出来事を思い返し、気が重くなった。
　半分寝ぼけていたようなものだからって、あんな子供じみたこと。別にクリスマスのように恋人たちが連れ添うイベントでもあるまいに、気にすることもないではないか。
　水でも取りに行こうとベッドから立ち上がると、さゆるの腕をじゅんが掴む。
「ねぇ、今度のハロウィンさ……どんな仮装をする？」
「え？」
「お店はお店で用意してくれるとは思うけど、やっぱさゆると合わせたのも着たいじゃない？」
　それは、一緒に過ごせると言うこと。
　時間を工面してくれるのは、恋人になって同じように思ってくれているからで。
「この前買った服、アレンジしようと思って……」
「いーじゃん！　なら小物を合わせるとかはどう？」
　手からこぼれ落ちない幸せがあるようにと、ただ願う。
　今年は２人で、楽しい時を過ごせますように。