そうだ、イタズラの練習をしよう｜リアクション

そうだ、イタズラの練習をしよう

　受験生ではあるけれど、１分１秒を惜しんで急ぎ帰るほどの根を詰めた勉強をしているわけではない。だからといって、無闇矢鱈と誘い出すのも気が引けるわけだけど……街は少し浮かれ調子なわけで。
　10月も月末が近くなれば、もうすぐやってくるのは――もちろん、そう。24日は八神修の誕生日だ。
「少しキャットロードのほうを見て帰らないか？」
　そわそわと愛しい七夜あおいに声をかける修は、彼女に嘘などつきたくないけれど。こればかりは正直に話すのも恥ずかしい。
「ハロウィンの飾り付けは、見ているだけで楽しいと思うんだ。どうかな？」
　あと数日に迫った己の誕生日に何かしてくれるかなと、探りを入れてみたかったり。楽しみにしているから、誘い出しやすいように２人になってみたかったり。
　……そうじゃなくても時間が許すなら、ハロウィンだって楽しみたいけれど。
「いいね！　頭を使うと甘い物欲しくなっちゃうし、今日は奮発しちゃおっかな」
　桜花寮へ送る道とはちょっと逸れてしまうが、こんな放課後デートも良いだろう。そんな風に浮かれているのは、今は自分だけなのかもしれないが。
（いつか、制服デートが叶ううちに）
　例えば受験が落ち着いたら。ふと今年を振り返る年末に気持ちの整理がついたら。彼女の良きタイミングで待ち焦がれた答えが貰えたなら、どんなに素敵だろう。
「楽しみだな」
「うんっ！」
　満面の笑みが返ってきて、思わず修は言葉を失う。
「フォトスポットみたいなのもあるかな？」
「あっ、ああ……もう出来てるんじゃないか？」
　彼女も同じ思いであれと願うあまりに、心臓に悪い笑みを見た。
　どうかこの言葉が――ただのすれ違いではありませんように。

　キャットロードはどの店もハロウィンに染まっていた。
　店の間にある猫の額ほどの公園にはフォトスポットが出来ていて、ちょっとした頭装飾や手持ち小物もあって記念撮影にはぴったりだった。
　最初は一回りで帰らなきゃと気持ちも財布の紐も固くしていたあおいだけれど、次第にハロウィンの雰囲気にゆるっとした顔を見せ始め、とうとうあるカフェの案内を見て決意を揺るがす。
　入口は夕暮れに見るには鬱蒼としたグリーンに囲まれていて薄暗いし、可愛らしいハロウィンの飾りひとつも無い。おまけにぽつんと置かれていたメニューは滴る血のように赤い色で物々しい名前が並んでいる。
　お化け屋敷ではないのかと疑いながらも、間違いなくカフェではあるようで。
　好奇心に負けて扉に手をかけたのは、あおいが先だった。
「わぁ！　中は思ってたより可愛いっ！」
　これなら、幽霊に悪魔や生贄といったメニュー名も可愛いモンスターに化けそうで、修はあおいが喜びそうだと内心ホッとした。
「グロテスクな物は出てこなさそうだけど、内容の予想がつかないな」
「これも謎解きだったりするのかな？　でも、これ……」
　どこかで見覚えがあるような赤い色。それもつい最近、似たような物を見たというか使ったというか。
　つい、と指でメニューをなぞってみたあおいは、少し得意げにツインテールのひと束を払って見せた。
「私はわかっちゃったな～、今日こそは修君より早く解いちゃったかも？」
　テスト期間にはお世話になることも多い、暗記シート。それによく似ていると言うことは、きっと使い方もそれと同じではないだろうか。
　きっとこのシートをずらせば、赤文字でメニューの説明が記されているはず。そう予測したあおいは、修がそれに気付くのを待つようにしてチラチラ様子を窺っている。
　けれど修はそれに驚くことはなく――寧ろ得意げに笑い返した。
「あおい、何か様子が変わってない？」
　彼女がメニューに必死になっている間、こっそり鞄に忍ばせたハロウィンの小さなプレゼント。
（暖かい夜になりますように）
　この悪戯に気付いた君が、笑ってくれますように。

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