そうだ、イタズラの練習をしよう｜リアクション

そうだ、イタズラの練習をしよう

　夏服を片付け、秋物の上着を出したときにも思ったけれど。
　去年の衣装を少しアレンジして、なんて難しいくらいには子供の成長は早い。
　しみじみと梓智依子が隣を見れば、ついこの間までは抱えていた楓が、道すがら目に入った店名や値札を読み上げて笑っている。
（もう５歳か……）
　１人で歩き回るから、注意深く見てやらなければいけないこともあるけれど、きちんと話せば悪いことも理解できるようになった。文字も覚えてお喋りになり、いつまでも幼くはないのだと実感する。
　あっという間だったけれど、そう思える平穏を過ごせるのは、ひとえに祖父母のおかげだ。
「ママー、カボチャのおばけがあるいてるよー！」
　見てきていいかと確認をとって、智依子の了承を得てから着ぐるみに駆け出していく。どうやらここ、旧市街の商店街で福引きや小学生までの子供が参加出来るスタンプラリーの宣伝をしているらしい。
　ラリーシートを貰った楓は大はしゃぎで、スタンプの目印になるものを探すんだと意気込んでいる。
「楓、ママが見えなくなるほど遠くに行かないでね？」
「はーい！」
　商店街の催しであれば、このアーケードを出てしまうことはないだろうけれど。
　それでも、何かに気をとられていなくなってしまっては、居ても立っても居られないだろう。
（……もしかしたら、私はあの子の手を取れなかったのかもしれないけど）
　忘れもしない14歳になったばかりの４月３日。その日に命を授かったのだと知った。
　戸惑いもあったけれど、喜びもあった。世間からは冷たい目で見られることがあっても、大事な人が傍にいるならば何も不安になることはないと思っていたし、愛する人を信じていた。
　なのに、愛する人たちは皆……世間以上に冷たかった。戸惑っている間に中絶のできる期間は過ぎ、何かの間違いだと思うには味方がいなくて、どうしたらいいのかわからなかった。
　我が子を守りたいと思っても大人に守られていた義務教育中の少女にできることなどなくて、産めたところで養子か里親探しのために施設に預けることになっていたっておかしくはなくて。こうして名を呼び心配できる今が、奇跡に近いのだ。
　そんな楓が、自分の手元で５歳の誕生日を迎えた10月19日。その日は優しい祖父母にも祝われて、ただのシングルマザーであったなら、こんなに温かな誕生日は迎えられなかったと幸せを噛みしめた。
　理解があり、裕福な地主である祖父母に母子ともに守られている。それは家事を手伝うとか、楓に寂しい思いをさせない程度にバイトをするとか……２人たっての願いで高校生活を謳歌することで返せるようなものではない。
　それどころか、学校に通い始めて半年。目まぐるしく母親でいなければと駆け抜けた日々よりも、充足している気がする。同級生も子持ちだということに怪訝な顔をする者はなく、あの時は見つけられなかった味方も今なら……ここでなら、たくさんいるんじゃないかと気づけた。
　だから、少しくらい羽目を外してもいいんじゃないかって。
（夏には猫耳もつけてくれたし、小物も嫌がらず持ってくれるかしら）
　それとも、すぐ動き回って外れてしまうなら、パーカーのように被れる落とさない物がいいだろうか。
「とりっく・おあ・とりーと！」
　衣装探しに夢中になっていると、楓が背後からドンッと体当たりをしてきた。
「おかし、ちょーだいっ」
「気が早いわよ」
　それに、悪戯をする子は貰えないのよと付け加えれば、慌てて体当たりしてきたことを謝ってくるので、思わず智依子は微笑を浮かべる。
　このいたずらっ子には、どんなお菓子を準備しておこうかと、考えながら。