そうだ、イタズラの練習をしよう｜リアクション

そうだ、イタズラの練習をしよう

　シーサイドタウンの中にあるスタボは、話に盛り上がる若者もノマドワーカーな会社員も、タブレットにペンを走らせるクリエイターも、様々な人たちが利用している。
　ここにも、タブレットの上でペンを彷徨わせている少女がひとり。愛猫萌々子も知る人ぞ知る作品を描いているが、今日は漫画の案出しではなく――もうすぐやってくるハロウィンの仮装について思案していた。
（譲れないポイントはしっかりと、既製品ということを考えイメージは柔軟に……）
　細かく指定を描き込みすぎてしまっては、理想の物が見つけられず手ぶらで帰ってきてしまうことになりかねない。だからスタボまで来る道中に見かけた服や自分の中のイメージを、緩くスケッチしてみるのだけれど。
（単調、でしょうか？）
　ここぞとばかりにペアルックも楽しめるイベントだけれど、完全に揃いとなると統一感はあるが決め手に欠ける気がする。
　ハロウィンで手軽に用意出来そうな衣装と言えば、魔女やヴァンパイア。色合いも紫とオレンジと黒。そういった定番が決まっている中で、没個性にならない物というのは難しい。
（トリエンナーレで先輩が来ていた衣装のように、小物までこだわれたら）
　そうは思うも、既製品ではないからこその作り込みは、憧れだけではどうにもならない。当たり前に身につけることが可能な裁縫技術に慣れた彼に、着用してもらえる物に仕上がるかどうか。
　彼の母の偉大さを知り、教えを請うこともあるだろうかと思い馳せ。考え込んでいる間、静かに画面が薄暗くなったタブレットに慌てて、萌々子は再びペンを走らせる。
　例えば、生地は一緒だけれどワンピースとパンツで別の物にするとか。
　となると、小物は魔女と狼男なんかもいいだろうか。……彼に似合うのは、きっと猫耳だろうけど。
　ウキウキで描き込みを進め、形が整った。あとは、このイメージに近い物を探しに行くだけだ。
「まずは、このワンピースからですね！」
　スタボに入る道中に見つけてあるから、店の目星はついている。お値段と品質が比例はするものの、こうした１回切りの仮装に使うのであれば十分なコスパを誇るお財布に優しい店だ。
　まずはそこで、黒地にオレンジストライプのワンピースを確保。それから、これと似たようなパンツが……あった、オレンジ地に紫だが、ストライプの幅も似たような感じでペアっぽく見える。
　それから、トップスには白いシャツと黒いベストであれば、派手なパンツと喧嘩せずに済むはず。ただ、仮装と言うからにはもう一声欲しいところだ。
　夜ともなれば寒いだろうし、やはり羽織り物だろうか。それとも、悪魔の羽根のような仮装っぽいものか。
「あっ！」
　その両方を満たす、素晴らしいアイテムが見つかった。向かいの店のマネキンが着ている蝙蝠マント風ケープなんて理想そのものだ。
　衣装の大部分は、これで完成。あとは予算の中からイメージを膨らませる装飾品を増やすだけとなった。
（蝙蝠だと、角も捨てがたいですね……でもやっぱり、猫耳カチューシャも……）
　お揃いでつけようか、それともやっぱりこの長い髪を活かすなら魔女のとんがり帽子も似合うだろうか。自分にあててみて、彼の姿を想像して。
（びっくりはしてくれると思うのですが、一緒に着てくれるでしょうか）
　また、恥ずかしがって写真を撮るだけでいいなんて言わないだろうか。
　萌々子は衣装のお披露目が出来る日を、待ち遠しそうに微笑んだ。

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