幽霊だって恋をしたいッ！｜リアクション

幽霊だって恋をしたいッ！

　ひっそりと静まる旧市街でひとり。花厳望春は姉たちにせっつかれて、買い物に出ていた。
（あれ？　なんだかいつのまにか自分の胸が大きくなってるような？）
　うーんと花厳は首をひねった。
「いや、男の胸が大きくなるはずないし気のせいだよな」
　神無月文貴を見失った幽霊（本体）に取り憑かれた花厳なのだが、現実を受け入れられずにいた。
　これは夢。そう思い込むことにより、じわじわと幽霊に意識を奪われる。
「あれ？」
　結果。
「俺、なにしに外に出たんだっけ？」
　彼の中から目的が抜け落ちてしまった。
　その代わりに沸き上がってきた衝動。それは『色欲』。
　男に触れたくて狂おしくなるような感情。
　フラフラと花に誘われる蝶のように、花厳は男の元へと吸い寄せられていき、
「こんばんは。奇遇だね」
　飛び切りの笑顔を六月一日宮檸檬と吾妻優に向けた。

「か、花厳？」
　吾妻に押し倒されかけていた六月一日宮のもとに、花厳が現れた。
　その胸は吾妻と同じように柔らかな膨らんでいて、目の焦点も定まらない。
　明らかに取り憑かれている症状。
（え、幽霊ってひとりじゃないの!?）
　六月一日宮の脳は予想外の状況についていけなくなっていた。
　とにかくこの現場を見られたことの恥ずかしさを誤魔化そう。
　そう思って、六月一日宮は「な、なんだよ、花厳って女だったんだ」とうそぶいてみた。
「俺は男だから！」
　その一瞬だけ花厳の目に力が篭った。が、すぐに蕩けたものに戻ってしまった。
「俺も、混ぜてよ」
　花厳がニコリと笑って六月一日宮に手を伸ばした。
「なんだよ……いまは俺の番だぞ」と吾妻が息を荒くして、花厳の手を払った。
「ひどいよ、どうしてそんな意地悪を言うの？」
　ポロポロと花厳の瞳から涙がこぼれ、薄く開いた唇に雫がたまる。
（濡れた髪とか、なんか妙にエロいぞ……！）
　六月一日宮はもうなにがなにやらわからなくなっていた。

「おお、修羅場というやつだな」
　くくく、と旅鴉月詠の喉が鳴った。
「……あっしよりタチが悪いんじゃないのかぃ？」
　骨削瓢はやれやれとため息をつきながら、それでも旅鴉に負けぬほどこの状況を楽しんでいる。
「お、ついに服を脱がせ始めたぞ」
「どっちが先に脱がせられるかって感じだねぇ」
　呑気なふたり。危険な三人。
「ま、待ってくれ！　俺には、気になってる人がいるんだ……！」
　ついに六月一日宮が泣き泣き叫んだ。
「そろそろ、助けてやるかねぇ」
　骨削はにやっと笑って、風を起こした。

「お、俺、生きてるよな……？」疲労困憊意識朦朧とした六月一日宮。
　一連の出来事をねこったーで呟いて、それを最後に放心した。
「おぞましい夢をみていた気がする……」
　幸運なことに、花厳は自分の行動をほとんど覚えていない。
　対し、なにもかもを覚えている吾妻。
　最もダメージが大きい彼は、いま、橋から、飛び降りようとしていた。
「……うわぁぁ！　記憶を消せぇぇぇ！　いっそ止めをさせぇぇぇ！！」
　橋から落ちるギリギリのところで、旅鴉は飛び出して吾妻の腕を掴んで諭した。
「落ち着け、生きていればこういうこともある！」
（なぜ私が……）と思わなくはないが、彼女らが楽しむためにここまで被害が大きくなってしまったので、放っておくことはできなかった。

「いやぁ、大変だったねぇ」
　骨削はひと通り叫び声を聞いてから、新たな獲物を求めてその場を後にした。
（そろそろ帰るのもいいかもしれないねぇ）
　もうすぐ一日が終わる。遊びを終えるのにはいい頃合だろう。
　骨削がぴょんっと跳ねたそのとき、こおこおと音を立てて風が吹いた。
「？」
　おかしいなと思う。ろっこんは使っていないはずなのに。
　骨削は振り返った。
『アタシの邪魔をしてたのはお前か……！』
　そこにはなにもいないはずなのに、動けなくなった。

　午前零時になった。幽霊の力は更に強くなる。
　テッテレー。
　幽霊の強制力がアップした。