胸に沁みいる秋の空｜リアクション

胸に沁みいる秋の空

　文芸部で妄想に浸っている間に夕方となった。空の赤さに気付いた月原想花は急いで帰り支度を始める。
　慌ただしく部室棟から離れようとして動きを止めた。
「……夜まで待つのは……無理だよね」
　ずれた眼鏡を押し上げて赤い空の下、とぼとぼと歩いて帰る。周囲の僅かな音に反応しては振り返る。車の排気音を耳にした時は細い道に逃げ込んだ。顔だけを出して周囲を窺う。
「ぼく、何をしてるのかな」
　自身の挙動不審を自覚して再び歩き出す。
　今日の空はあまりに赤く、想花の八歳の記憶を引きずり出した。

　放課後を迎えた。小学生は一斉に帰り始める。ランドセルを背負ったまま塾へと走る生徒が多く見られた。
　想花はがらんとした教室を出た。刻むような足取りで校舎を後にして俯き加減に歩く。
「わたし、まだ帰りたくない……」
　通学路を逸れて公園にそっと入る。遊具の少なさもあって人気はなかった。
　想花は古ぼけた木製のベンチに座る。冴えない自分を魔法少女に変身させた。独自の魔法陣を描いて異世界に飛び立つ。
　心が躍る展開を用意して空想に浸った。内容は独り言になって漏れて活き活きとした笑顔で冒険を楽しんだ。
「キミ、可愛いね」
　横手からの声に想花は気付かない。強大な敵を相手に頭の中で極大魔法を放つ。
「一人だよね？　誰かと待ち合わせをしていないよね？」
　笑いを含んだ声で忍び寄る。脂ぎった顔を近づけると想花は現実に引き戻された。驚いた顔を横手に向ける。
「え、おじさんはだれ？」
「ようやくだね。これから良いことをしてあげるね」
　小太りの男性は嫌らしい笑みで口角を釣り上げた。半開きになった口から黄ばんだ歯が覗く。粘つく唾液が糸を引いて得体の知れない怪物となって迫ってきた。
　全身に恐怖が巡る。想花は強く背中を押されるように飛び出した。公園の外に逃げようとして後ろから抱き着かれた。
　耳元に荒い息が当たる。
「逃がさないよ」
　その一言で全身が凍り付いた。喉は氷の塊で塞がれて悲鳴を上げることもできず、路肩に停めていた車に引きずり込まれた。
　車は急発進して薄暗がりで停車した。
　後部座席で縮こまっていた想花に男性が手を伸ばす。後部座席に乗り込んできて着ていた服を脱がし始めた。
「痛くないからね」
　言いながら息を弾ませる。口は左手で塞がれて無垢な身体は汚された。
　記憶が途切れた。気付けば元の公園にいた。着衣に乱れはない。
「今日のことは誰にも言っちゃいけないよ」
　血を流し込んだような赤い空の下、言葉だけが頭の中に響いていた。

　ふらふらとした足取りで家に帰り着いた。優秀な弟に掛かりっきりの両親は想花の状態に気付かない。無関心というよりも存在自体をやんわりと否定した。
　その晩、想花は浴室で懸命に身体を洗った。見えない汚れを落とすかのように肌が赤くなるまで擦った。
　泡を洗い流しても落とせない。穢れとなった部分に泣きながらシャワーを掛けるのだった。

　歩道から外れて木々に覆われた坂道を上がってゆく。
　空は鮮血のように赤い。どす黒い色が混ざり始める。
「あれからわたしは、ぼくになったんだよね」
　もう少女の時には戻れない。永遠の別れを経験した想花は陰鬱な顔で猫鳴館の中に入っていった。

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あとがき

担当マスター：黒羽カラス
ファンレターはマスターページから！

　今回のシナリオは出会いと別れをテーマにしています。
　参加されたＰＣさんは色々な体験をすることになりました。
　中には忌まわしい過去の記憶もあり、初めて明かされた内容に私も驚きました。
　らっ倫の関係であまり詳しく描写はできませんでしたが、怖さを強調してみました。
　日本から遠く離れて留学されたＰＣさんは帰省されることはあるのでしょうか。
　ホームシックにならなくても寝子島は温かく迎え入れてくれると思います。
　今後も提供されるマスター達の様々なシナリオをご堪能ください。

　最後になりました。シナリオにご参加いただき、ありがとうございました。
　また別のシナリオで会えることを願っています。

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