胸に沁みいる秋の空｜リアクション

胸に沁みいる秋の空

　日曜日、空はすっきりと晴れた。平日とは違って京極花音は朝からバイトに精を出す。
　仕入れた花の梱包を解いた。切り花は水揚げが良いように手早く処理した。見栄えの悪い葉は取り除き、店内に彩りよく配置。鉢植えは日当たりの良い店頭に並べた。
「……気に入らねえ」
　床に枯れた葉が落ちていた。鋭い眼付きで店内を巡る。目立たない箇所に茎の一部や綿埃を見つけた。
　それ以降、塵取りと箒を手にして掃除に専念した。
　開店時間を迎えた。通りを歩く人々が大輪の花に目を留める。何人かは店内の色鮮やかな花々に引き寄せられた。
　その一人、スーツを着た青年が複数のバラに関心を寄せた。それぞれの花弁に鼻を近づけて匂うと笑みを浮かべた。直後に店内を見回す。近くにいた花音にすかさず声を掛ける。
「このバラをブーケにして貰えるかな。数は十本で」
「わかりました」
　切り花の補充を終えた花音は背筋を伸ばして振り返る。目にした青年はたじろぐ。強面で見上げるような身長差に圧倒された。
　そのような態度に見慣れているのか。花音は黙々と十本のバラを纏めていく。
　完成したブーケを受け取ると青年の顔が明るくなる。支払いを済ませて浮き立つような足取りで通りに戻っていった。
　花音は明るい琥珀色の目でさりげなく見送り、止まっていた手を動かした。

　正午を過ぎると親子連れの客が増えてきた。小さな子供は花音を見るだけで涙ぐむ。花の注文をしている親にしがみついて離れない。
　子供の数に比例して花音は目立たないように動いた。隅の方で掃き掃除をしている最中、目はちらちらとガラス越しの通りに向かう。落ち着きのない自身の行動に気付いて少し腹を立てた。
「……真面目にバイトしろ」
　言いながらも入ってきた人物に、それとなく目がいく。腰の曲がった老婆の姿に苦笑して軽い溜息を吐いた。
　花音の視界に新たな客が入り込む。反応は鈍く目だけを動かす。
　急に動きが止まった。剪定鋏を持つ手が小刻みに震える。
　小柄な女の子は花音を見つけると柔らかい笑みで近づいてきた。
「今日もお花が綺麗に咲いていますね」
　軽く頭を傾ける。艶やかなセミロングの髪が柔らかそうな頬に掛かり、ほんの少し、大人びて見えた。
「ちゃんと、してるんで……」
　語尾の震えが止められない。目は泳ぎ、頬を赤らめた。
「お勧めってありますか？」
　花音の背後の花が気になる様子で更に近づく。女の子のベージュのコートが触れるくらいの位置で上体を斜めに傾けて覗き込む。
「ダ、ダメなんで」
「そうですか？　綺麗に咲いていると思うのですが」
「いや、そっちじゃないッス」
　その言葉に女の子は花音を見上げる。
「花の状態はダメではないですよね」
「……そうッス」
「安心しました」
　パッと花が咲いたような笑顔を見せた。間近にいた花音は、やや仰け反った姿で別の方向を指さした。
「あっちの、鉢植えのヤツも……お勧めなんで……」
「窓際に置くと良さそうですね」
　小ぶりの鉢植えに誘われて弾むような足取りで歩いていく。花音は火照った顔に掌を被せて、やべえ、とか細い声で呟いた。
　女の子は鉢植えの前にちょこんとしゃがむ。見比べるように上体を左右に動かした。
「……可愛すぎだろ」
　花音は緩む表情を引き締めた。女の子の傍らに立ち、さりげない言葉を掛けた。
「花が好きなんッスね」
「花も好きです」
　その一言で花音は再び顔を赤らめた。目で必死に問い掛けるが女の子は気付かず、上体を揺らしながら花々を見ていた。

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