I'll be there - 仲良くなりたい、その10｜リアクション

I'll be there - 仲良くなりたい、その10

　比較的閑散期とはいっても、週末の『クラン＝G』は慌ただしい。
　とりわけ夕方だ。ひっきりなしに客が並ぶので、レジは空けている暇がない。
「こちらお釣りとレシートになります」
「奥の六番ゲーム卓なら空いてます。利用時間は18時まで、飲食は休憩スペースをお使い下さい。どうぞ楽しいひとときを」
「ありがとうございましたまたのおこしをー」
　定番メッセージも慣れたものだ。対人関係が不得手な七枷陣ではあるが、ここのバイトをはじめてからはこれくらいとどこおりなくできるようになった。といってもスマイル無料のハンバーガーショップではないから、愛想がいいかどうかはわからないが。

　合間合間に在庫チェックをしたり、ネット注文に回答したりとおおわらわだ。まあ充実しているとは言えるだろうか。
　それでも数分時間ができたので、陣は海外フィギュアの新発売カタログに目を通した。フィギュア販売だって『クラン＝G』の大切な柱だ。大量入荷大量販売のハローニャックには及ばずとも、質のいいものをしっかりなるだけ安価で入荷するので顧客の評判はいい。どういった商品を入荷するか決めるのは店長ないし千絵だが、ときどき陣も意見を聞かれる立場なのでチェックは欠かさない。
　あ、これ出るんだ。
　陣が目をとめたのは海外SF映画のフィギュアだった。主演俳優のコンバットスーツ姿である。まだ原型の写真しかないがよく似ていると思う。前後編二部作の予定。昨年公開の第一部はヒットしたので、入荷すれば売れることはまちがいないだろう。ただ、先取り情報ゆえ販売予定日には驚いた。
　来年秋発売予定だって？
　一年近く先ではないか。なんとも悠長な話だが、それだけ作りこむという意気込みのあらわれともいえよう。もちろん価格もそれなりにする。
　来年かぁ……。
　陣は首のうしろをかいた。
　来年、僕はどうしてるんだろな。
　あっという間にもう高三の秋だ。周囲は進学だ就職だとさわがしいが、陣はまだ将来を決めかねていた。とりあえずモラトリアム期間を延ばすべく大学も考えてはみるのだが、進学後のヴィジョンがどうにも立たない。流されるまま二年生で『シューカツ』（就職活動）に身を投じ、『ES』（エントリーシート）に書くべき『ガクチカ』（学生時代力を入れたこと）に悩み『グルディス』（グループディスカッション）に苦しんで、『お祈りメール』（不採用通知）だの『NNT』（無い内定）だの『オワハラ』（就職終わらせハラスメント）だのにタンゴを踊らされるのだろうか。そこまでして入った会社であっても、勤務地ガチャとやらで僻地に飛ばされ三年で退職したりするのだろうか。シューカツがゲンダイニホンで大人になるための通過儀礼だとか、なにやらいっぱい本を出した自己啓発本作者がテレビでしゃべっているのを横目で見たことがある。正直アホかと思った。だが考えてみれはある意味、アホになることが大人になることなのかもしれない。
　ならばどうするか。　
　高校出てすぐ就職？　どこに？
　専門学校？　やっぱりどこに？
　このまま『クラン＝G』のバイトをつづけていたいというのは甘えだろうか。幸いここの仕事は性に合っている。もちろん忙しいし転売屋やクレイマーとの戦いなど不快な業務もあるが、もともと好きな分野の仕事だ。つづけるのは苦にならない。高校を出てフルタイムでかかわるのだってウェルカムだ。これが好きでもない健康食品の販売だったりしたら、即ギブアップしていたことだろう。
　運が良ければ『クラン＝G』最初の正社員に昇格して、本土支店第一号店の店長を任せてもらえたり――なんて期待をしてはいけないと思いつつも、三佐倉店長ならひょっとしたらと夢をみないでもない。
　このときもふわふわと考えていたせいか、
「七枷さん……」
　急に千絵に声をかけられ、陣は人間大砲よろしく天井に跳び上がりそうになった。
「わっ、ど、どうしたの！？」
　千絵が真横に来ているなんて思わなかったというのもある。忍者のような気配の消し方だった。
　驚かせてすみませんと千絵は言うが、むしろ陣が驚いたのは彼女のつぎの言葉だ。
「今日お仕事終わってから……少しお話、いいですか？」
「いいけど……」
　お話って？
　訊き返そうとしたがここでお客だ。小学校低学年くらいの男の子が、プラモ一箱を大事そうに抱えてやってきたのだった。仕方なく陣はバーコードリーダーを手に向き直る。
「お待たせしました。プラモデル一点ですね。包装はいかがしましょう？」

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