十三夜の隙間｜リアクション

十三夜の隙間

　独りになるこの時間は、嫌いだった。
　何度己の心が悲鳴を上げようと、身体を傷つけ合う行為でしか『満たされない』と言い聞かせ、抜け出す方法などないのだと、朝鳥さゆるはもがくことすら諦めていた。
　恨めしいほど涼やかな顔で煌めく星が、清純にきらめく月が――苦手だった、のだ。

　十五夜で訪れた露天風呂で、あの日と同じように姫木じゅんと寄り添って手を繋ぐ。
　少し風が冷えただろうか、星が僅かに移動しただろうか……そんな微細な違いはあれど、たった１ヶ月だ。大きく世界が変わる事なんてない。
　だから月明かりも、あの時と変わらないはずなのだ。ほんの少し欠けているからと言って、極端に柔らかくなるものでもないだろう。
　あの煌々とした白い光は、痛いほど冷たく、突き刺すように鋭くて。隠したい闇を暴こうとするような清らかな明かりは……逃れられない忌まわしい過去を映す気がした。
　――だけど今。清純な月光に照らされていることに、安らいでいる自分がいる。
（優しい、なんて思ったこともないのに）
　両の手が染まった色も、本意でなかろうと身体を重ねてきた相手の数も。何をとっても清らかなんて言葉に縁遠い、よく似た２人だけれど。
　それこそ、『世界の色が変わる』だなんて、そんな陳腐なラブソングの歌詞みたいなことは、自分とは縁遠い世界だと思っていたけれど。……確かに、この月明かりは違うように感じた。
　それは今夜だけが見せる幻か、それとも隣にじゅんがいるからなのか。
　確かめたくて、さゆるは繋いだ指先に力を入れる。もしかしたら、十五夜を見上げたあの日から長い夢を見ていて……ちゃんと言葉を、気持ちを通じ合わせてないのではないかと不安を払拭するように。
「ねぇ、今日は何もないワケ？」
　膝に片腕を乗せて頬を置き、覗き込むようにこちらを見るじゅんは、待っているというよりも揶揄っているように見えた。
　こうして温泉で寄り添って、月を見上げたあの日は、確かにあったのだ。
「……十三夜のお菓子なら、持ってきてるけど」
　彼女が何を言わんとしているかは、気付いている。だから少しだけはぐらかすように笑った。
　ただ露天風呂で寄り添って、月を見上げて……ただそれだけ。特別な物も華やかな物も何もない静かな夜。
　でも、これは『たった』なんて呼べるほど簡単に手に入る物じゃない。
　寄り添う相手が愛おしいと思うだけで、絡めた指にありがとうと言いたくなる。
　誰かと共にあることが、こんなに尊い気持ちなのだと教えてくれた人と分かち合える幸せに、自然と顔が綻んでしまう。
「へぇ……楽しみね」
　それは、お菓子のことを喜ぶようで、目線の先にある彼女の変化を喜ぶようで。
　優しく愛おしく微笑むじゅんを、失いたくないと思った。

　これからも、夜が長く昏いことは変わらない。
　終わらないものの象徴であること、それは多分一生変わることがない。
　……ここから連れ出して貰えるとも、逃げ切れるとも思えない。
　だからこの幸せも、指からすり抜けてしまうのではないかと不安が過る。……生まれて初めて感じた幸せを、また失うのだろうかと。
　叶うなら今は、互いのことだけを想いながらこうしていたい。
　口づけをかわすだけで伝わる物があることを、信じて。