十三夜の隙間｜リアクション

十三夜の隙間

　お団子をもって、温泉街へ。
　今日ばかりは現地調達も難しいだろうと、倉前七瀬は準備万端でやってきたのだけれど。
（はて、何か忘れ物でもしよったですかね）
　天気は晴れ。お団子を買えたと言うことは財布だって持っているし、今日は暖かい飲み物も事前に買ってきてある。ちょっと指先を温めるように転がしてしまったから、ぬるくなっているかもしれないが……まあ、それも許容範囲だ。
　それなのに。何故か万端と言うにはスッキリできないまま、欠けた月を見上げる。十三夜は十五夜と同じ場所で過ごすだけ、のはずで。
「欠けとる月でも、満月と同じくらい綺麗かです」
　何かを払拭するように気持ちを声に出しても、このもやもやは晴れなかった。
　いや、もやもやというか、不満というか。ぐるぐるするこの気持ちは、なんというか。
（……ふむん、なんでだろう？）
　ただ漠然と『足りない』と思う心に秋風が染みた。
　それは月が欠けているせいではなくて、思い出せない忘れ物のせいでもなくて。
「はっ！　そうです、足湯！　あの時は足湯に浸かっとったんでした」
　すっかり夜は寒くなってきたから、心がひんやりする気がしたんだ。きっと、そうに違いない。
　少し欠けた風情ある月を同じ場所で見上げて、美味しいお団子を頬張って。足元からぬくもれば、もう物足りないものなんて――。
（のんびり楽しいお月見……の、はずなのに）
　満月と同じくらい綺麗だけれど、満月ではなくて。今の自分にはぴったりだけれど、やっぱり足りない。
　これは『寂しい』んだ。
　あの日、十五夜の月を見上げた時はウォルター・Bが隣にいた。月は満ちて、お腹も満ちて、身体もぽかぽかで……心も満たされていたんだと気付く。
（先生やったら十三夜は知っとーかもしれませんが）
　ちらりとどこかで見上げているかも知れない。でも、わざわざこの場所に来るとは……思えなかった。
　今度会ったら、十三夜は同じ場所でお月見するものなんだと教えてあげなくては。
「あれでいて、先生も知らんことがありますから」
　あの日告げた『月が綺麗ですね』という言葉だって、真意がわからなかったのか聞き返してきたし。何でもそつなくこなせそうでいて、それでも『迷子』になるくらいには――完璧ではないと知っている。
　だから、今日ここで会えなかったとしても。ウォルターの分まで月見を楽しむことができたら、彼が片見月の縁起の悪さを被ることは許してもらえないだろうかと、願掛けをしつつ。
（会えない、かぁ）
　自分で言ってみて、切なくなってきた。こみ上げる寂しさを押し込むように団子を咀嚼してみるけれど、気付いた気持ちは団子のようにはかみ砕いて飲み込めない。
　このままでは、よくない感情に飲み込まれてしまう。
（ええい、こんなもの！）
　目を閉じて、心を落ち着ければ。
　きっとすぐに元通りだと、七瀬は深呼吸をして目を伏せた。

「倉前？　寝てるの、それとものぼせてる？」
　聞き覚えのある声に、ゆっくりと目を開ければ、ひらひらと眼前を舞う手のひらがあって。その主を辿るように見た先には、そこには。
「…………」
「ぼんやりしてるみたいだけど、大丈夫～？」
　先生、だ。
　あの日の夢を見ているのでなければ、ウォルターがここにいる。
　ゆるっと目尻が垂れて、口角があがっていくのが自分でもわかった。
「今日は、いつものはないの？」
　なんだか感無量になって、不安も寂しさも吹き飛んでいく。
　欠けている月も綺麗だけど、やっぱり。
「先生！　わー、奇遇ですねぇ」
　とってもいい夜には先生がいなくてはと、晴れた笑顔を見せた。

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