十三夜の隙間｜リアクション

十三夜の隙間

　美しい物をただ眺めるのではなく、何かに例えてみたり、祈りを捧げてみたり。
　そうして増えすぎた特別が色あせないように、時に『忘れてはいけないよ』と縁起の悪さも匂わせてみるけれど。結局はみんな、この穏やかな四季に散りばめられた景色を伝えたかったのだと、八神修は思う。
「バスが通っていたのは、この辺りかな？」
「そうそう。そしたら踏切の辺りで、ざっぱーん！　って」
　たったひと月前の話。それでも愛しい七夜あおいと過ごした大切な日。
　同じ景色を共有したという思い出話が、こそばゆいほどに嬉しくて。これからも、そんなささやかな幸せを積み上げていけるだろうかと期待する。
　街灯の明かりが邪魔になりすぎない場所へシートを広げ、薄い膝掛けはあおいに手渡してくつろいで貰う。その間にお菓子や温かい飲み物まで並べれば、立派なお月見の会場ができあがった。

「そういえば、推薦の願書はそろそろだよね。あおいはもう出した？」
「うん、色々考えて……九州の学校が条件に合いそうだったから！」
　異国ではないけれど、寝子島から考えればそれなりの距離だ。学校帰りにふらりと夕飯に誘うなんて気軽に出来ないし、何かと気を配るにも難しくなるだろう。
　いつでも手を伸ばして守れる距離にあることを、あおいは望まない。いつか王子様がと待ち焦がれるより、行動力のある女性だ。己が履いていたガラスの靴の片割れを持って城へ訪ねに行くような、豪胆ささえあるかもしれない。……それは、理解している。
「ほら、寝子島でも寮暮らしだったでしょ？　向こうでも寮に入るならって両親も」
　わざわざ遠い九州を選んだのは、家の事情もあったのかもしれない。本当に、そこの環境が総合的に『あおいの』希望に添っていたのかと問い正すなんてことは、自身で選択をした彼女に失礼だ。
　単身で寝子島へやってきた彼女にとって、県外を受験するのもさして大きなことではないかもしれない。友や慣れ親しんだ街と離れることを悲しむより、笑っていてほしいとは思う。だけど。
（……傲慢だ）
　少しは寂しいと思ってくれると期待した、なんて言えようか。
「あおいは行きたいところに行ける。そのための努力を惜しまない人だからね」
「あはは。それだけで受験に成功するなら、みんな受かっちゃうよ」
「そうだね、そうして油断した人だけが足元を掬われるんだ……あおいは違うだろ？」
　じっと見つめられて、あおいは笑っていた口元をきゅっと引き締めた。
　――彼に信頼されている。
　だからここで、「買いかぶりすぎだよ」と笑うのは違う気がして。修の思いを否定するような、裏切ってしまうような……そんな態度は、失礼だ。
「ありがとう、頑張るね」
　照れくさいけれど、そう素直に受け入れることで期待に応えられる人になりたいと、あおいは思う。
　今は受験の緊張と新天地への期待が大きくても、そこへ溶け込んでしまったとき――ふと振り返って、いつもの場所じゃないことに気付いてから思い出す寂しさもあると知っている。
　だから、それに気付くまでは。足を止めないように、前だけ向いていてもいいだろうか。
（その時の私は、誰に１番甘えたいと思うのかわからないけれど……）
　それでも修が『大事なひと』であることには変わりない。信頼できる、特別な……と、本人を前に考えるのはここまでにしておこう。
　ぱんっ！　と両手を打って、あおいは話題を切り替える。
「受験も手を抜かないけど、イベントもちょっとは楽しまなきゃね！」
「ハロウィンに行楽シーズン、クリスマス……誘惑の多い季節になったな」
「ほんと、イベントたくさんで困っちゃうね」
　ほんの少しだけ、あおいは意味深に笑った。