十三夜の隙間｜リアクション

十三夜の隙間

　残暑の厳しい９月が終わって、ぐっと秋めく10月になった。
　寝子島の空も、山も。衣替えをするように色が変わって、仕事もほんのちょっぴり一息つける余裕が生まれ、それから――。
　浜辺に吹き付ける風が肌寒くて、三折部朝衣は思わずといったように隣を歩く住沢遥人と腕を絡める。
「……っ」
　これくらいで、照れる関係でもないのだけれど。恋人から婚約者になって、今月からは同棲も始めているのだけど。
　だからこそ、なのだろうか。改めて、これから２人で生涯をかけて紡いでいく物語を意識して、おずおずとした書き出しにペンを彷徨わせて。ようやっと真新しい紙に、インクが滑っていくような気恥ずかしさがあった。
　見慣れた遥人の部屋も、先月の十五夜に訪れたこの浜辺も、今の２人で見ると違って見えてくるのは、関係が変わったのだと意識しているせいかもしれない。
「遥人」
「なに？」
　今日は十三夜。満月にはちょっぴり足りない、これから満ちていく途中の月。
　欠けているそこは、恋人時代から埋め切っていないアルバムだとか、同棲を機に買い足した、まだ収納力に余裕のある棚にも見える気がする。
　きっとこれは寂しいものではなくて、たくさんの未来が詰まるための大切なスペースなのだ。
「欠けたお月様の隙間を、これから二人で少しずつ埋めちゃお？」
　楽しい思い出はもちろん、悲しいものも後から見れば笑えるかもしれない。恋人の時と婚約者の今では景色が違って見えるように、夫婦になりたての時と子供が巣立ったあとの老夫婦になった時とでは、また変わっていくものがあるかもしれない。
　変わらず綺麗な物にも憧れるけれど、きっと２人で歩んでいくというのは、そういうものではない気がする。
　だんだんと朝衣は何を言いたいのかこんがらがってしまうが、それでも一生懸命に身振り手振り説明する。そんな姿に苦笑する遥人は、普段はきっちりしているようで時折こうなる朝衣の可愛さを噛みしめて、ふと月を見上げた。
「綺麗に隙間を埋めるんじゃなくて、デコレーションしていこうか」
「月のクレーターみたいに、私たちだけの模様を作っちゃうのもいいわね！」
　餅つきをするうさぎのかわりに、２枚のサーフボードだとか『らしく』飾って行ければ良い。２人の思い出には、正しい順番も形もなく……こうして少しずつ、満たしていくものだから。

　浜辺には十三夜だと知ってか知らずか、所々に寄り添って月を見上げる恋人たちが見える。その邪魔にならないよう、適当なところでシートを広げて遥人の手製のお菓子に舌鼓を打って。
　大人しく並んで海を見ているだなんて、なんだかそわそわする。
「……お茶とお菓子しか持ってきてないからね？」
　つい、月光が煌めく海面を眺めてしまっていた。慌てて朝衣は「海に映ったのも綺麗だから」なんて誤魔化してみたけれど、遥人にはお見通しのようだ。
　今日は波を待っているんじゃなくて、月を見に来たはずなのに。どうしても、こうしていると波が気になってしまうのは致し方ない。秋も冬も、きちっとウェアを着れば楽しめるけど、やっぱりこの夏にボードを十分に楽しめなかったことには悔いが残っているのだろう。
「こんなに月が綺麗に見えるなら、明日は晴れかしら」
　これから何度でも、月夜に波乗りする機会はあるだろうし、たくさんの夏だって共に過ごせる。だけど、恋人っぽさも婚約者っぽさも重なった今は、この時しかやってこない。
　夫婦になって、また景色が変わってしまう前に。少しずつ埋まる隙間を楽しみに、朝衣は遥人に寄り添って月を見上げた。

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