十三夜の隙間｜リアクション

十三夜の隙間

　――片見月は縁起が悪い。
　その言い伝えを心から信じているわけではないけれど。それでも『もし』という可能性がないとも言い切れない。だから災いが降りかからぬよう願う気持ちに、一緒に過ごしたいという恋心も織り交ぜて、綾辻綾花は十三夜のお誘いを試みた。
　逡巡する早川珪の答えを今か今かと待ち焦がれる瞬間は、いつまでたっても緊張する。そして、念願叶って隣を歩けることになっても、また違った緊張に包まれて鼓動は忙しない。
「この辺りでしたよね、ペンチャームを買ったところ」
　あの時はいくつか並んでいた露店も、今日はまったく見当たらない。確かに十五夜と比べれば知名度こそないけれど、今夜の月だってとても綺麗なのに。
　それは、珪といるからだろうかと隣を見上げ。今日も猫メモと一緒に持ち歩いているんですよと、誤魔化すように笑う。
「僕は仕事の普段使いのペンに。付け替えできるから便利だね」
「……よかった」
　普段目の届く所で使ってくれている。そうやっていつかは、自分自身が隣にいることが当たり前になればいいな――なんて。
　選んだときの気持ちを思い返し、頬が染まる。だって、あの夜は。月を見上げながらではあったけれど、確かに珪へと伝えたのだ。
　――『月が綺麗ですね』
　言葉通りの意味だけではなく、「愛しています」と含めて。結局、珪がどう受け取ったかはわからないままだから、珪からの返しの意味も……何かを含めてあるのか、わからないままだった。
　今暫くは、それでいい。珪の大事な本が見つかるまで……いや、彼の生徒でいられる間は、だろうか。とにかく『区切り』がつくまでは、待つことになるなんて覚悟の上だ。
　もし、密やかに思いを通じ合わせることが叶ったって、隠し通すためには苦しくもどかしい気持ちを抱えなければいけないことも、覚悟している。
「珪先生。あの日の月、憶えてますか？」
　そんな様々な覚悟をした綾花は、珪から見ても月に見惚れて思い出話をしているようには見えなかった。だから珪も、それを濁すようなことをせず、ただ「覚えてるよ」とだけ返して月を見上げる。
　拒絶ではなく、ただ目を見て聞いてしまうことで揺れ動く物が、怖かったのかもしれない。
「月は遠くても手を伸ばせば届くと信じてます。もちろん足元に気を付けてますから大丈夫です」
　あの夜とは違い、今夜の綾花は珪に向かって真っ直ぐと告げる。
　月のことではなく、あなたの事だと。付き合う覚悟はできているのだと。
「……届く日が来るって、私は信じてます」
　もちろん遠い月へ手を伸ばすなら、しっかり立たねばならない。自立した生活を送り、近く大きな目標だと受験に響くようなことがあってはならない。
　答えを求めての言葉ではなかったけれど、この気持ちだけは伝わって欲しかった。
　ずっと月を見上げていた珪は、綾花がどれほど真摯な顔をしていたかは、知らない。けれどその声が、いつものように弾んでいなくて、緊張しつつも真っ直ぐに届けてくれたとわかるくらいには――綾花を知っている。
　だから、何と答えるべきか迷った。
　聞こえたと言う代わりに「うん」とでも言えばいいのか、「そうなるといいね」と気づかぬフリをしたらいいのか。でも、そうやって適当な返しをしないのは、言葉の真意が届いたも同然だ。
　それで今は十分だから、綾花は先月と同じように笑ってみる。
「……手を繋いでもいいですか？」
「うん、……ああ、いや。今夜はダメ」
　だって、と苦笑する珪は穏やかな顔で笑って見せた。
「足元に気をつけるんだよね？」
　繋ぐ理由を今夜は無くしてしまったけれど、離れる理由もないから。
　２人は歩幅を合わせて、ゆっくり歩いた。

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