しずくがこぼれおちるとき＜白＞｜リアクション

しずくがこぼれおちるとき＜白＞

　――21：18、南西のグラフティ「寝子島の絵」

　人通りのない昏い裏路地に、女の嘲笑が響き渡る。
「そんな――」
　打ちひしがれアスファルトに倒れこむ浅葱あやめの眼鏡に映っているのは、炎のように青い闇。
　嘲笑する女から立ち上る、ぞっとするほど美しい闇だ。
　女の輪郭はおぼろだった。
　彼女は闇でできていて、動くと揺らぐ僅かに青く瞬いた。
　顔はわからない。
　そんなものはないのかもしれない。
　あやめの瞳に絶望が映る。
　嘲笑する女が黒いゴシックドレスの少女を抱きしめている。
　三宅葉月。
　少女はたしか、そんな名だった。
　緑がかった長い黒髪が嘲笑しつづける女の腕から零れている。
「助けなきゃ……」
　駆けだそうとするあやめの腕を巫部紫苑が強く握って引き留める。
　いまからじゃ間に合わない。
　その目はそう言っていた。
　間に合わないなら――今飛び出すのは愚策だ。
　葉月は死を悟った昆虫のように静かになってゆく。
　嘲笑する女が葉月をさらに強く抱きしめる。
　青い闇の炎が勢いを増す。
　闇は葉月の命を食らい尽くそうとするかのように黒いドレス全体を覆いつくす。

　そして――。

　嘲笑する女が腕をほどいたとき、葉月の姿は消えていた。
　まるで、女の身体に飲まれたかのように。
　

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