誰がこんなことを想像しただろう――……。
そこは、
黒白 滴がアトリエに使っているというシーサイドタウンの片隅にある一軒家であった。
ほぼ正方体の形をした打ちっぱなしのコンクリート壁の建造物で、一言でいうと箱だ。中は壁がなく外から見たのと同じかたちの正方形のワンルームである。
部屋のなかはひやりとしていて、生活感はまるでなかった。
居住するためというより監獄に近い、と
桜井 ラッセルは感想を持った。
窓は天井に近いところに一つだけ。
四方の壁には、滴が描いたと思しきモノクロの絵画が並べられている。
彼らがそこにたどり着いたとき、彼女は部屋の中央に仰向けに倒れていた。
床には赤黒く、禍々しい渦模様が描かれていて――それは滴をささげるための魔法陣に見えた――滴はその上にレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた人体図のように両手両足を均等に広げた形で
死んでいたのだ。
事の切っ掛けは、数日前から滴が学校に来なくなったことであった。学校側で自宅として申告してあった場所を訪ねたものの帰っている気配がない。皆が心配していたところ、担任の
川添 かおる先生が、滴が桜台墓地の奥の森に一軒家をアトリエとして借りており、そこに籠ってよく絵を描いていることを突き止めてきた。
「ああ、わかる。創作に夢中になると時間を忘れて何日か経っちゃうことあるよなぁ」
その時点では、川添先生はそう考えていたらしい。
それでも「心配だから見に行こうかな」と川添先生は滴のことを気に掛けていた一部の学生たちにも声をかけ、森の中のアトリエへと向かった。
一方、寝子島のもれいびたちは、未来予知ができる白猫のらっかみ、
ミラ・ペプロメーノのメッセージを受け取っていた。
「森の中の箱のような建物が時の特異点となっているようです。その場所を中心に、未来がよく見えないのです……」
時の特異点とは、未来が分岐するポイントとなる時、地点のことだ。
「毛が逆立つのです。とても危険なことが起こりそう……皆さんどうかそこには行かないで」
ミラはもれいびたちの脳裏に伝えてきた。
しかし時の特異点というなら確かめたほうがいい。そう考えたもれいびもいた。
こうして滴のアトリエの前には川添先生と学生たち、ミラのメッセージを確かめに来たもれいびたちが会することとなったのである。
すでに日は暮れ、欠け行く月は空の高いところにいた。
建物のカギは掛かっていた。やはり中を確認した方がいいということになり、天井に近い場所にある窓がわずかに開いているのが分かったので、ラッセルがろっこんでカナリアになって窓から中へと入ってみた。
室内は静かで薄暗く、人の気配がなかった。
よく見えなかったので、ラッセルはすぐに元の姿に戻って、この建物唯一の扉を中から開けた。
各々が滴の名を呼ぶ。
そのとき、月を覆い隠していた雲が流れ、月光が部屋の中を照らし出した。
そして、――さきほどの光景を発見したのである。
左右対称に白と黒に分けられた髪が、対照的に左右に広がっている。
肌は血の気がなく、腕のいい職人が精魂込めて作り上げた人形のようだった。
彼女の顔のあたりに、天井の窓から差し込む月の光が当たっていて、不謹慎にも美しかった。
彼女がたどり着いた人々に気づいて、空色のまなこを瞬かせてくれたなら……。
しかしそうはならなかった。
瞬くどころか指先のひとつも動かない。
「そんな、まさか――……」
ラッセルが呻いたとき突如
テオが現れた。
「生きてるか」
「え、テオ、なんでここに」
「ミラから聞いた。この世界に何かが干渉してきている」
テオは虚空を見回して牙を剥いている。
「何かって……なんだよ」
「わからん。だが、そいつは碌でもないやつだ。ここに漂っている気配を嗅げば分かる。どす黒くて……吐き気がするようなしろものだ」
「それって、黒白がこんなことになっているのと、何か関係が……?」
「あるだろうな。ただ、何か欠けているような……」
テオは落ち着かない様子でうろうろと歩き回ると、ふと思いついたようにラッセルを見上げる。
「近頃このあたりでおかしなことは起きていないか? おまえら、ねこったーとかいうので調べられるだろう」
「へいへい」
調べてみると、近頃このあたりに不穏なうわさがあるのが分かった。
「おかしなストリートグラフティがゲリラ的に描かれているそうだ。その周辺では人が消えるって……都市伝説の類かもしれないけど、話題になってるのは割と最近だな」
ラッセルは関連する書き込みを追ってゆく。
「……これ、滴ちゃんの絵じゃないか」
川添先生が指さしたのは、誰かが載せたストリートグラフティの写真だ。
それはこのアトリエに置かれている絵画とテイストがよく似ていた。
「……黒白の絵?」
テオは眉間に皺を寄せる。
「そいつは今回の事件に何か関係ありそうだ」
「わかった、調べてみよう」
ラッセルはそう言って、整理するように指を折る。
「本当に黒白が描いたものなのか? だとしたら何のために?」
「その周辺では人が消えるという噂、甘く見るなよ。俺の勘じゃ、何かヤバイ気がする」
「了解。油断しないようにする。テオはどうするんだ」
「オレはもう少しここで調べて……」
そのとき、ひとの川添先生には、テオの声は聞こえていなかった。先生はふらふらと魔法陣の中の滴に近づくと、しゃがみ込んで首元に触れ、それから口元に手をかざしていた。
「……脈がない。呼吸も……」
教師として、その場にいる大人として、確かめなければいけないと思った滴の生死。
しかしその行動は、思いがけない危険を伴っていた。
ちりちりとあたりの空気が毛羽立つ。
呼応するように床の魔法陣からどろりと
青い闇が溢れる。
深淵を思わせる漆黒の中におぼろに青い輝きを内包した、青い闇。
「危ないッ」
咄嗟に弾丸のように床を蹴ったテオが、川添先生の身体を突き飛ばす。
川添先生は魔法陣の外にはじき出される。
刹那、テオの身体が床から盛り上がった闇に飲まれる!
「え、うそ、だろ。おいテオ! どこ行っちまったんだよ!」
闇は波が引くように床に消えた。そしてテオも。
蛍のように幽かな青い輝きの残滓が滴の周りを漂い、それも消える。
――滴の身体はそのままに、テオだけが消えてしまったのだ。
こんにちは。
「しずくがこぼれおちるとき<白>」を担当させていただきます
笈地 行(おいち あん)です。
ガイドにご登場いただいた桜井 ラッセルさん、ありがとうございました。
ご参加いただける場合は、白でも黒でも大丈夫です。
このお話は<白>と<黒>で一対。
らっかみ!3rdシーズンのメインストーリーにつながるお話という位置づけで
<黒>ご担当の墨谷マスターと相談しながら紡がせていただくことになります。
(展開によっては<白>に参加のキャラクターのお名前が<黒>に登場することもあります)
それでは<白>の概要をご説明いたします。
状況
参加される皆さんのほとんどは、
黒白 滴がアトリエ(寝子島マップH-6付近の森の中)の魔法陣の中で遺体で発見、
テオが青い闇に飲まれて消えるのを目撃しました。
シナリオの開始時点での時刻は夜8~9時頃です。
どうやら寝子島に危機が迫っているようです。
このシナリオの大きな目的は
滴の死の謎と
失踪事件が起こっているストリートグラフティ周辺を調査して
何が起こっているのか調べることです。
それはおそらく、テオの行方を捜すことにもつながるでしょう。
場合によってはあなたが失踪するかもしれませんがご了承ください――。
★このシナリオでできること
(1)黒白滴のアトリエを調べる
アトリエ内はガイド本文に描写されているとおりです。
滴の身体が横たわっている魔法陣は、
中に入ると青い闇が溢れて人を飲み込もうとしますので
気を付けてください。
(2)周辺で人が消えると噂のストリートグラフティを調べる
滴のアトリエを中心に、北、南東、南西の3か所あります。
いずれも、人知れずというような奥まった場所にありますが、
ねこったーで調べたり、街の人に聞くと見つかりそうです。
各ストリートグラフティのあたりでは、
青い闇から生まれた異形のものに襲われる危険があります。
異形のものに捕まるとどこかへ連れ去られてしまう危険があります。
斬撃や打撃は有効です。いずれも人語は通じません。
ダメージが蓄積されたり太陽の光を浴びたりするとどこかに消えるようです。
<PL情報>
●北のストリートグラフティ
「猫の絵」
【青い闇の触手】が現れます。
【青い闇の触手】はスライム状のぬめる物体で、
人を巻き付けて抱え込むほど大きく伸びます。
触手に身体を丸ごと包まれてしまうと闇に飲まれ、寝子島から失踪します。
●南東のストリートグラフティ
「アトリエでみた滴のように、両手を広げた少女の絵」
【無数の青い闇のナイフ】の異形に襲われます。
無数のナイフが壁から現れ、
意志のあるように高速でありえない動きで
絵に近づく者に向かって飛んできます。
心臓を刺されると闇に飲まれ、寝子島から失踪します。
●南西のストリートグラフティ
「真っ黒に塗られた寝子島の絵」
【嘲笑する青い闇の女】の異形が現れます。
笑い声による音攻撃で聴覚と精神にダメージを与えてきます。
嘲笑に気を取られているうちに女は近づいてきます。
抱き絞められてしまうと闇に飲まれ、寝子島から失踪します。
(3)その他
ご自由にアクションをおかけください。
PCの行動を(1)~(3)からいずれか1つ選び、アクション冒頭にお書きください。
NPCについて
このシナリオでは、下記のNPC以外は登場いたしません。
川添 かおる……黒白滴のクラスの先生で1年8組担任(工芸担当)。
(1)黒白滴のアトリエにいる。
何が起こっているか理解しきれていないが
警察・学校・実家に連絡したり等、現実的なあれこれを行う。
鷹取 洋二と海原 茂……マタ大生
(2)ストリートグラフティのところで偶然出会う。
芸術に興味がある鷹取と、
元生徒会長として寝子高の後輩のことが気になる海原は
皆といっしょにストリートグラフティを調べ始める。
テオ ……………ののこと一緒に落ちてきた、らっかみ。寝子島の危機を感じたようだが行方知れず。
ミラ ……………テオのいいなずけのらっかみ。テオが消えたことを察知し、アトリエに駆けつけます。
Xイラストのキャラクターは、【パーソナル】のみ登場させることができます。
Xイラストのキャラクターを描写する場合、
PCとXキャラの2人あわせて「1人分」の描写となります。
※Xキャラだけで1人分の描写とすることも可能です。
その場合は、PCさん自身は描写がなく、Xキャラだけが描写されます。
Xキャラのみの描写をご希望である旨を、アクションにわかるようにご記入ください。
※Xキャラをご希望の場合は、口調などのキャラ設定をアクションに記載してください。
Xキャラ図鑑に書き込まれている内容は、そのURLだけ書いていただければ大丈夫です。
それではみなさまのご参加、お待ちしております!