BABY STRANGE｜リアクション

BABY STRANGE

　午後も勉強をするつもりだが、時計を見ればまだ時間的余裕がある。
　そこで修は、余談ではあるがこの話もすることにした。
「この前面白い夢を見てさ」
「夢？」
　中華街に行く夢だった、と修は言う。
「横浜の？」
「いや、どこだろうな。神戸ともちがう気がする……とにかく、どこか架空の中華街だよ」
　夢の中で修は茶葉を買おうとしていた。そこらへんのスーパーマーケットには置いておらずこの中華街の、しかも奥部にある特定の店でしか売っていない幻の茶葉だ。
「そうしたら突然、街中で起こったバトルに巻き込まれたんだ」
「香港マフィア同士の銃撃戦？　『龍たちの挽歌』みたいな二丁拳銃がでたり！？」
「あ……いやいや、もっと古典的っていうかカンフー寄りの。ところで『龍たちの～』って何？　漫画？」
「映画だよ。実家にいたころ、テレビでやってたの録画して弟たちと何回も見た。ストーリーも銃撃も熱いんだよね。弟が見たがるからつきあってたんだけど私もハマっちゃって……続編の『II』がまたものすごくて……あ、ごめん脱線しちゃった。どうぞつづけて」
　ホラー映画が苦手でラブストーリー映画が好きなあおいの心のライブラリーに、まさかそんな過激な映画があろうとは。意外なエピソードを聞けた気がする。
「逃げるつもりだったけど、追い詰められてとうとうカンフーで対抗することになったんだ。俺やったこともないのに」
「ということは『狼、怒りの鉄拳』みたいな？」
「また香港映画？」
「うん、そう。もちろん弟の趣味でテレビの録画」
　そのタイトルなら修も聞いたことがある気がする。怪鳥音を発しながら戦うアクションバトルだ。おそらく修のカンフー知識も、このあたりが源流だろう。
「バトルといっても敵は強いし、街は謎の結界で封鎖されてるしで大変だったよ……」
　夢のなかとはいえ修は大立ち回りを演じた。看板を拳で割り壁を蹴って跳躍し、回転蹴りで悪漢数人をまとめてふっ飛ばした。気合い一発、敵を壁に向けて蹴り飛ばしたところ、壁に人型の穴があくという珍現象も目撃したのだった。最終的には結界をやぶり街から脱出はできたものの、肝心のお茶は買えずじまいだったという。
「なもんで……起きたときすごく疲れてたよ」
　修はやれやれと肩をすくめた。
「夢には潜在意識のかけらが現れるっていうけれど、これは何だろうね？」
「とってもお茶が飲みたかったとか？」
「それだ」
　もちろん本当にそう思ったわけではないが修は笑ってしまった。受験勉強のプレッシャーとか、いまなお両親がちらつかせる政治一家の地盤継承問題とか、あるいは、あおいに受け入れられない気持ちとか――そういったネガティブな要素が姿を変えたのかと疑っていたのだ。考えてみれば夢は夢、潜在意識といっても、あおいの言うような単純なものかもしれない。
「でも次回、同じような夢を見たときはあおいにも出演を願いたいな」
「私？　無理無理っ、戦えないし」
「大丈夫さ。頼りにしてる。ほら、あのドアを開けたらもう、謎の中華街かもしれない」
　それはないよと笑いながらも、ついドアを凝視するあおいなのだった。