BABY STRANGE｜リアクション

BABY STRANGE

　そこからもうひとがんばりしたあたりで昼になった。
「お昼だね」
「ああ、階下で食べようか」
　ランチならお手伝いさんに作らせる、と修が言うより早く、
「私ね、今日は買ってきたんだ。駅のコンビニで」
　嬉しそうにあおいは言って、カバンからサンドイッチだのペットボトル入りのヨーグルト飲料だのをぞろぞろと出してきた。本の下敷きにでもしてしまったのか、サンドイッチは変な形につぶれてなんだかゴミのようだ。飲料のほうには『おつとめ品・40%オフ』という赤いシール高らかに貼られている。
　なんだそれと言うわけにもいかず、「あ……いいね」と修は言った。
「でしょ？　そう思って修くんのも買ってきたよ！　いいよ私のおごりだから遠慮しないで」
　もう少しだけ形がマシなサンドイッチと、やはり『40%オフ』の文字が目にまぶしいペットボトルが出てきた。
「いやあ、このドリンクの『40%オフ』見つけたときは嬉しくってさあ～。ダッシュで買ったよ。あそこのコンビニではののちゃんともよく買うんだー」
「その飲料をか？」
「ううん。『おつとめ品・40%オフ』」
　まあたいていは20%オフ止まりなんだけどね、とあおいは笑った。
　べしゃべしゃのレタスとハムがべろんとはみ出たサンドイッチに、ラベルには『健康！　健康！　健康のためなら死ねる！』とあきらかな語義矛盾の扇情文が書いてある謎の飲料という組み合わせではあるが、せっかくのあおいからのプレゼントなので、ありがたく修は受け取ることにした。
　でもせめて、サンドイッチは形をととのえてから食べたい。

　食事はやはり、相手がいるとちがうものだ。
　とりわけ相手があおいであれば。
　けっして栄養豊かとはいえないランチではあったものの、そんなことを修はすぐ忘れた。変形サンドも語義矛盾ドリンクも案外うまかった。もちろん食事は楽しめた。
　しばし雑談に興じる。
「……でね、そのインドカレー屋さん、なぜか演歌のCDが置いてあるんだよ」
「ということはそのCDをかけたら」
「うん、やっぱり泣いちゃうんだって、インドから来た店長さん」
　私見たわけじゃないけどね、と屈託なくあおいは言うのである。寝子島にあるインドカレー屋らしい。
「行ってみたいな。今度連れて行ってくれよ、あおい」
「えーでも……」
　話の流れからしてふたつ返事かと思いきや、あおいは難色を示した。
　俺、おかしなことを言っただろうか。ごく自然にデートに誘ったつもりだが――。
　そうか、『今日は勉強の日』だからその手の話題はまずかったか。だがインドカレー屋がそこまでロマンティックな場所とも思えないが。
　修の脳裏を色々な言葉がかけめぐったが、回答はあっさりしたものだった。
「すんごく辛いよ、そのお店。修くんて激辛大丈夫？」
　修は心から安堵した。
「それなら、覚悟して行こう」
「まあ去年からはマイルドテイストも出てるんだけどねー」
　そうそう、と修は話題を変える。
「先日、ふと思い立って沖縄に行ったんだ」
「だったね。楽しかった？」
「良かったよ。お土産、買ってきたから渡そう」
　修は用意していた紙袋から、定番お菓子のちんすこうと、青い琉球ガラスのネックレスを取り出す。
「ありがとう。お菓子は喜んで食べるよ……でもこのネックレス、高いんじゃない？　こんなのもらっていいのかな」
　奥ゆかしいことを言うあおいだ。大丈夫、と修は請け負った。
「いいものだけどガラスだから。高校生に不相応なものじゃない」
　実際、お土産には手頃な水準の価格だ。じゃあもらっておくよとあおいは包みを開け、透き通るような蒼さに溜息をついた。
「きれい……」
　あおいの目の色にもよく合っている。いや、あおいの瞳を思い出したから、修はこのネックレスを手に取ったのだった。
　しばし、沖縄の思い出話を披露する。
「料理は最高だったし、海はエメラルドを思わせる碧さで本当に良かったよ」
　行った店に出会った魚、それに夕陽の美しさ、語りたい話はいくらでもある。でもこれも言っておきたい。
「さすがに陽射しは、日干しになっちゃいそうなほど烈しかったけどね」