BABY STRANGE｜リアクション

BABY STRANGE

　さらに星太郎は言葉を足した。
「アタシはほら、オジサンだからおぜぜは一杯あるんだから！」
　せっかく慰安旅行の招待を受けていたのに、参加できなかった恨みをこめつつ言い切ったのである。
「慰安旅行のときだって、お得意さんの予約がキンキンに入るくらい繁盛してたんだから！」
　これでたちまち感動した九鬼姫が「星太郎ー！」と半泣きで抱きついてくるとまでは星太郎も期待はしていなかった。それでも「そちの気持ちはわかった」とうなずくくらいは九鬼姫も理解してくれるものと思っていた。
　だから数秒たってようやく、彼女が示した反応にはいささか戸惑うことになった。
「星太郎おぬし……そんな調子でこれまで、『重い』と思われてこなんだか？」
　蚊取り線香と思って火をつけたものが、ヘビ花火だったかのような九鬼姫の表情である。
　星太郎は真っ赤になる。まさかそんな指摘を受けるはとは思ってもみなかった。
　ここで『重い』と言われるなんてね……また。
　十年二十年あるいは三十年の昔、定義は不明だがあえて言えば青春時代、星太郎の恋愛はいつだって『重い』という言葉とともに終わってきた。好きになった相手にはとことん尽くしたい――ただそれだけの気持ちだったのに、想いに重さはないはずなのに、恋した相手には物理的な重量を云々されて去られてばかりだった。どんな女性でも、同年代にも年下にも。
「……うっさいわね、アンタどっから聞いていたのよアタシの振られ話！」
「いやそんな話は初耳じゃが」
　墓穴を掘ったようだ。それも、六フィートじゃすまないくらい深く。
　だからといって『い……いまのナシ！』とプッシュするリセットボタンもないまま、星太郎はますます紅潮の度合いを深め言ったのである。
「重くて悪ぅございましたわね、アタシは尽くす系美男子なのよ！」
「お、おう」
　騎虎の勢いもう止められず、ほとんど垂直になるくらいウイスキーボトルを立て痛烈に三十七パーセントを流しこむと、言えずに我慢していた言葉を星太郎は放出した。
「それに何よ偉そうに！　アタシだって旅行行きたかったわよムキー！！　何よっ、アタシ抜きで楽しんで来ちゃってさ！」
　言い過ぎたかしら――と星太郎が後悔した時間はわずかゼロコンマ三秒にも満たなかった。
「たわけっ！　星太郎がおらんで、わらわが十全に満足だったとでも思っておるのかーっ！」
　さすがに酔ったのだろうか、九鬼姫は席を立つと星太郎の襟首をつかんで声を上げたのである。
「旅行は楽しかった。はじめて乗る飛行機、青碧（あお）い海に白い砂浜、ぜんぶよかったぞ……じゃが星太郎、沖縄の泡盛なる酒を、海岸から眺める星空を、そちとわかちあえなかったことが……わらわには口惜しかった！」
「そ、それ本気で言ってる……？」
「一時の気の迷いや酔狂でこんなことを言うかよ！　重いと言われて傷つく前に、相手の……わらわの気持ちも察せいうつけ者めがっ！」
　九鬼姫は星太郎の喉元をつかんだまま、前後にぐいぐいと揺すった上で突き放した。踏みとどまろうとするも果たせず、よろめいて星太郎は尻餅をつく。『プロムナード』はあまりビールを置いていない。それでもビールケースに背中を当てて座りこんだ。ブロック細工みたいな空のケースがガラガラと崩れる。
「どうしたか！？」
　カーテンを開けて恋々が顔をのぞかせた。
「あらヤダ恋々ちゃん、なんでもないわよ。ちょっと大声だったから？　……どこから話聞いてたかしらん？」
「ビールケースが崩れた音だけね」
　恋々の言葉が本当なのか星太郎にはわからなかった。だが恋々が、ケースが崩れる以前のことは知るつもりがないということだけはわかった。
　だから大丈夫、と星太郎が言うより早く「だったらオーケーね」と告げて恋々は顔を引っこめた。シャーッとカーテンを引く音も聞こえた。あのカーテンレールはそれほど音を立てないはずなので、これは恋々が意図的に『カーテン閉めたよ』と言っているのだと星太郎は思った。