秋の雛｜リアクション

秋の雛

　先に菊花茶を飲みほした柚春は、ウォルターがちびりちびりと菊酒を嗜んでいる間、外で菊を見せていただくことにした。秋のはじめの菊の庭は幻想的で、どこかあの世にも通じているような気がする。
　いわゆるぬい活というものの一環で、ворが寺を散策したり菊を愛でているように見える写真を何枚か撮影する。写真があると同じ経験を共有した気持ちになれるし、夜、ворとも話がしやすくなる。
「菊花茶、美味しかったな。ворもいっしょに飲めたらよかったのにね」
　そう言ってворのボディを撫でると、ворは「まったくだぜ」と言いたげに見える。
「そういえば、菊花茶の効能は確か目の疲れや解毒に……」
　毒。
　そのキーワードで柚春の意識は、目の前の景色を通り過ぎ、また今朝の夢の中へと戻ってゆく。
「ど、毒なんて身近じゃないから本当かわからないけど！　ウォルターさんは、そういった応急処置にも詳しいのかな……」
　あんな毒を吸い出すような真似が簡単にできるなんて。
「それとも……あれは僕だからじゃないのかな」
　白い装束の異世界のガンナー。
　あの夢の中でのウォルターは、誰にでもあんなことを？
　夢と現実の境がどこにあるのか、もう柚春にはわからなくなってきていた。現実のウォルターも、何かあれば誰の内腿にでも吸い付いてしまうのではないかと、よからぬ不安が湧き上がってくる。
「緊急時に手段は選べない、よね、わかってる。でもね、なんだかもやっとするのは……間違ってる？　あんな風に真剣な眼差しで見つめて何度も肌に……内腿に口づけて。守るように抱きしめることは人命救助として普通なのかな」

◇

（ちょ、待て）
　菊花に囲まれ柚春の独白を聞いていたворは、ただならぬ言葉に耳をそばだてる。
（内腿、って言ったか？　口づけってなんだそれ）
　今でこそカプセルギアという自らの意志ではままならぬ体となっているが、その正体は、ひょんなことからカプギアになってしまった思念体とでも言ったらいいだろうか。ворの意識は、緑林透破という黒髪の男性である。しかしその名は柚春には教えていない。「名前を呼ばれたら歯止めができなくなりそうだから」だ。
　透破の存在意義は九割以上、柚春を守ることにあり、それ以上でもそれ以下でもない。
　ゆえにウォルターのことは正直、アウトオブ眼中なのだが、このところ柚春があの金髪教師に入れ込んでいて「今日はセンセーと何があった」だの「今日のセンセーはこうだった」だのと詳らかに話すので、否応なく知っているという状況だ。
　もしも自分が人だったら。
　柚春のことは自分が守りたい。
　けれどそうはいかないから。
（柚春がそれでいいって言うなら、それでも幸せだっていうならオレにはどうすることもできないけどさぁ……内腿ってなんの話？　その話まだ聞いてなくない？）
　このとき透破は、柚春の話が夢の中のことだと知らず、ありていにいって――激怒した。
（え、何やったの。……ヤッたの？）
　そんなわけがない。
　そうだとしたら、柚春はもう話しているはずだ。
　理性はそう思うが、感情というのは理屈じゃない。
　柚春を傷つけるやつは敵。
　柚春を悲しませるやつは敵。
　柚春をチョメチョメするやつなんか当然、敵の中の敵である。
　たとえそれが誰であろうと。
　仮に柚春に原因があろうとも、だ。
「僕も、誰にでも出来るようになるべき……？」
　柚春が謎の憂悶をしている。
（僕も、誰にでも、ってなんだよ。内腿に口づけを、か？）
　頭に血が上る。
　こんなプラスチックの体じゃなかったら、透破は即座に叫びたかった。

　――そんなの絶対ダメに決まってるだろ！