秋の雛｜リアクション

秋の雛

　開け放たれたままの寺の門は、柱の上に瓦葺きの切妻屋根を載せた薬医門で、年月を経て墨色に化けた柿渋が、古びた趣を醸し出していた。
　稲積柚春はウォルター・Bに促されるまま境内に足を踏み入れる。
　街中の狭い寺であった。小ぶりのお堂が正面にあり、右手側に社務所がある。境内には細い砂利道があってお堂と社務所をつないでおり、その合間には手入れされた植木と、色とりどりの菊が咲き乱れている。お堂の裏手にはいくらか墓もあるようだ。
　広くはないが、寺を守る住職の人柄が感じられる整ったちいさな世界。
　敷地の周りを囲う塀によって寺のなかは俗世と切り離され、閑静で内観的なものとなっていた。

　ウォルターは寺の中の清浄な気を取り入れるかのように深呼吸をする。
　ほかには参拝客はおらず、いまはすべて二人占めだ。
　しかし柚春はウォルターとの思わぬ邂逅に泡を食っていて、それどころではなかった。
（ウォルターさんのほうから誘ってくれるなんて）
　いったいどういうつもりなのだろう。
　彼の望む距離がわからない。
　先生と生徒だと線引きをしたり、撃ち落としにおいでと笑ってみたり。
　ひらひらと無軌道に飛ぶ蝶みたいに捉えどころがなくて参ってしまう。

（心の中がジェットコースターみたいな夏だったのは、全部ウォルターさんのせいなんだからね）

　柚春はウォルターを想うために思考のほぼ全領域を使っていたが、それでも猶、彼の心情を推し量るのが難しいと感じていた。
　それとも彼の思考はシンプルで、自分のほうが勝手に翻弄されているのだろうか。
（……わからないよっ）
　兎にも角にも。
　分かっていることは、この状況に自分の心臓はこの上なく跳ねているということだ。
　そもそも、だ。
　今朝見た夢がいけない。
（いや、いけなくはないんだけど）
　思い出すとかあっと頬が熱くなる。
　夢の中で柚春は毒蛇に内腿を噛まれ、毒を吸い出すためにウォルターが柚春の傷口に口づけたのだ。
（しかも、二度も！　内腿だよ！　躊躇とかなかったよ！？）
　羞恥とともに、官能的な感触がよみがえる。
　あれは夢だと言い聞かせてもリアルな感触は消えてはくれない。

　――菊っていろんな薬効があるそうだよ。稲積なら知ってるかもしれないけれど……。
　――……それは夢の中の稲積だったかなぁ。

　ウォルターが何気なく零した言葉が柚春の中で反芻されている。
（ウォルターさんも夢を見たんだ……しかも僕の夢を）
　夢をみてどう思ったの？
　それはウォルターさんの願望なの？
　夢に出たってことは意識してくれているってことなの？
　聞きたいけれど聞けない問いが溢れてきて、柚春はうつむき加減に赤くなる。
　ウォルターはそんな柚春を面白そうに眺めていたが、あまりに沈黙が長いのでとうとう吹き出して言った。
「さっきから百面相をしてるけど、どうしたのぉ？」
「ふえっ、いえ、なんでもないというかあるというかありまくりというか、その」
　しどろもどろになった柚春は、分別とかそれに類する単語はみんな忘れて、堰を切ったみたいに夢の話を切り出す。

　

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