秋の雛｜リアクション

秋の雛

　目当ての秋の雛はお堂の中、ご本尊様のわきに飾られていた。
　ご自由に、と書かれた張り紙があったので、ふたりは靴を脱いでお堂の中に上がらせていただき、ご本尊様に手を合わせた後、雛人形の前に膝を進めた。
「拝観するね」
　柚春はご挨拶してじっくりと鑑賞する。
　現代、一般の家庭に飾られる雛人形は、十二単や束帯を背後に流した座姿が多いが、ここに飾られている雛人形はお雛様とお内裏様が並んで立った姿の立雛であった。高さは大人の膝丈であろうか。カプセルギアが約10センチ大だから、それと比べると大きめだ。三人官女も五人囃子も左近の桜も右近の橘もない。シンプルな金屏風の前に、Ｔ字に両手を広げたお内裏様と、体の前で袖を重ねたお雛様が、寄り添って立っている。
「布の衣装を着ているんじゃなくて、衣装もお顔と同じように木でできているんですね」
　柚春が顔を寄せると、木の香りがうっすらと香ってきた。
「木目込み人形っていうらしいよぉ。木のぬくもりが感じられて優しい雰囲気になるよね」
「古いものみたいなのに、お衣装の柄もしっかり残っていて綺麗」
「重陽節にも飾るくらいだから、よほど丁寧に扱われてきたんだろうねぇ」
　そうだとしたらきっと、人形たちは幸せだろう。
（僕もворのことをこんなふうにいつまでも大切にしよう）
　近くに写真撮影してもよいと張り紙があったので、柚春は、失礼してворをお雛様の手前に置き、写真を撮らせていただいた。
「ウォルターさんも」
　ウォルターとворと自分も入るようにスマホを掲げる。シャッターボタンを押すと、仲のよいお雛様とウォルターさんとворといっしょの和やかな秋の一枚が撮れて、柚春は大満足だった。
「ん、いい感じ。あとで写真を印刷して、メイドさんにも届けてあげよう」
　近頃、柚春はブラックウッド家に仕える老メイドさんと交流を深めている。
「そういえば、ウォルターさんちのメイドさんって、お名前なんて言うの？」
「メアリのことかなぁ。祖母の代からブラックウッド家に仕えてくれている」
「メアリさんって言うんだ。ウォルターさんが日本に来たときから一緒に？」
「そう。僕は大学生の頃に寝子島に来たんだけれど、そのときからだねぇ」
「そうなんですね。ウォルターさんはどうして日本へ。憧れがあったの？」
「んー、どちらかというと英国（あちら）にいたくなくてねぇ。それにどうせ行くならやっぱり日本だと思ったんだよねぇ……もう僕はいいから……あいつの夢を叶えてやろう、って思ってねぇ……」
　最後は沈黙の多い呟きになる。
　ウォルターはゆるりと首を振った。
　思い出したくない記憶にうっかりアクセスしてしまったというような遠い目をして。
「僕はひとりで行くと言ったんだけれど家の者が許さなかった。よほど危なっかしいと思われたんだろうねぇ。身の回りの世話をする者を誰か一人は連れて行けと言われて。見張りの意味もあったんだろうけど」
　伏目がちなる青い瞳。
　金の睫毛が陽光に切なく瞬いている。
（ああ、そうか）
　柚春は知っている。
　ウォルターは十六歳のとき、ある事件に遭遇した。
　そのとき友を喪い、警察官になる夢も捨てた。
　そのあとの数年間をウォルターはどんな思いで生きていたのだろう。
　英国は雲が多いと聞く。重苦しい空の下、若いウォルターが、罪と罰を望んでいたのだとしたら……ブラックウッド家がウォルターひとりの渡航を許さなかったことも理解できる気がする。
「悪い。場が湿っぽくなっちゃったかなぁ」
「そんな、お気になさらず。……菊酒、いただきに行きませんか」

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