あなたの望む過去｜リアクション

あなたの望む過去

　数分前、クロウディア・Wは白いシャツの襟を立てて、ふらりと館にやってきた。均整の取れた身体は男性モデルを思わせた。
　タキシードの人物がにこやかに対応。一通りの説明のあと、クロウディアの希望を聞き出した。
「お客様、本当によろしいのでしょうか」
「ああ、よろしく頼むぜ」
　白銀の前髪に手櫛を入れてクロウディアは微笑んだ。青く静かに燃える双眸にふざけた様子は見られなかった。

　クロウディアの身長は一気に縮んだ。半袖シャツに半ズボンという少年らしい格好で廊下に立っていた。周囲には似たような背丈の子供達が騒々しく行き交う。休み時間に入っているようだった。
「本当に戻ったのか。小五の俺に！」
　青い瞳を輝かせてクロウディアは走り出す。進行方向に二人連れの女の子を見つけた。背中を向けた状態なので無防備であった。
　クロウディアは左のスカートの女の子に狙いを定めた。右手を前方に伸ばして女の子のスカートを捲り上げる。成果は横目で確認した。
「一枚目はイチゴ畑だぜ！」
　女の子が慌ててスカートを両手で押さえる。
「かわいいパンツを隠したら、もったいないぜ」
「あんたに見せるためのイチゴじゃないわよ、バカ！」
「俺はバカなことがしてぇんだよ」
　女の子は顔を真っ赤にした。
　周囲の歓声にも似た声にクロウディアは拳を上げて答えた。次々に獲物を仕留めていく。
「二枚目は定番の白だぜ！」
「三枚目はブルマかよ！　サービスが悪いぞ！」
　クロウディアの異常な熱意に影響を受けたのか。男子達の熱狂的な声が沸き起こる。
　そこに強敵が出現した。二十代の国語教師で身体に合ったスーツを着ていた。正面から見た黒いスカートの幅は小さく、鉄壁の守りを思わせた。
「そこ、廊下を走らない！」
　スカート捲りの現場は見られていないらしい。クロウディアは全力の走りで向かっていく。
「捲れないなら、こうするだけだ！」
　クロウディアは上体を低くした。国語教師のスカートにタックルするかのように掴み掛り、瞬間的に引きずり下ろす。
　一瞬、クロウディアの表情が無くなった。
「もしかして勝負下着？　黒のスケスケに蝶の刺繍って……」
　国語教師は声を失った。片方の頬を小刻みに震わせる。限界まで溜め込んだ怒りは、遂に爆発した。
「このクソガキャああ！」
　伸びてくる手を交わし、クロウディアは走り出した。腹の底からの笑いが止められず、少し足がもつれた。
　その時、体操着を着た男子の集団を目にした。近くの教室のドアが不自然に閉められている。
「まとめて見てやるぜ！」
　クロウディアはドアを開け放った。女の子の悲鳴が重なって辺りに響き渡る。突然に目の前で展開される下着のファッションショーに男子の興奮は頂点に達した。
「よっしゃあぁぁあああ！」
　その中、クロウディアの勝ち誇ったような叫び声が上がった。

　賑やかな場面が前触れなく切り替わった。
　女の子が泣いていた。角度によって水色にも見える銀髪の頭を微かに震わせて、一人で泣いている。
　クロウディアは目で迷う。先程とは違って慎重に近づいてゆく。
　女の子は泣き止まない。クロウディアは何も語らず、真正面から抱き締めた。背中に回した手を相手の頭部に当てた。大切なものを扱うかのように優しい手付きで撫でる。
　いつの間にか、女の子の泣き声は聞こえなくなっていた。

　白い空間に戻ったクロウディアは少し照れ臭そうにして笑った。
「こういう人生が送れていたら、楽しかったんだろうなぁ……」
「お客様の人生は、始まったばかりです。悲観することは何もありません」
「お前、いい奴だな」
　クロウディアは相手の胸を軽く拳で小突いた。親しい友人に見せるような笑顔になった。