あなたの望む過去｜リアクション

あなたの望む過去

　ゴシックロリータに身を包んだ桜庭円とタキシードの人物は白い空間で出会った。二人の容姿は場と調和して見える。巨大な白亜の宮殿でメイドと執事が鉢合わせになったかのようだった。
　一通りの説明を受けたものの、円は一帯の異様な白さに落ち着きを欠いた。緑色の髪にあしらった青いバラのコサージュが儚げに揺れる。
「それにしても驚きの白さだねー。洗剤のコマーシャルじゃないけどさ。それでノアさんだっけ」
「おっしゃる通りです」
　ノアはにこやかに答えた。円は少し言い難そうにしながらも話を切り出した。
「過去は過去。ボクは決して振り返らない。なーんて、カッコイイこと言いたいけど、無理なんだよねぇ。ある女の子との関係をなんとかしたいかなぁって思ってるんだけど。四月の話だから、どっちが悪いとか、そんなことも覚えてないの」
「では、善悪の判断の為に当館で過去を再現致しましょうか」
「そんなことも出来るんだ。じゃあ、お願いするよ」
「承知致しました。では、前方をご覧になってください」
　円の視点の高さに丸い穴が穿たれた。爆発するかのように一気に広がり、寝子島高校の南校舎の廊下を映し出した。
　生徒達が行き交う廊下を円が早足で歩いていた。手に持ったハンカチで濡れた部分を拭いている。その為、視線は下の方に向いていた。
　二組の教室から紙の束を抱えた女子生徒が廊下に現れた。歩き出そうとした時に誰かに呼び止められたのか。顔を真横に向けた。
　その数瞬後に二人は衝突した。円は廊下に尻餅をついた上に大量の紙を頭から浴びせられた。
「ちょ、なにすんのよー」
　円の瞬間的な大声は相手が口にした、ごめん、という一言を無かったことにした。
　真相を目にした円は額に手の甲を当てて、立ち眩みのような動きを見せた。
「やってしまった感でいっぱいだー。この時のことを昨日の授業中に謝れたら、どうなるのかなって思ってたんだけど。この空回りは激しいよぉ」
「お客様の真心は、きっと相手の方にも伝わると思います」
「ま、待って。心の準備が」
　慌てふためく中、円は昨日に半ば投げ込まれた。

「あ、あの、悪いんだけど。教科書、見せてもらってもいいかな？」
「いいけど」
「あ、ボクが寄せるから」
　円は自分から机を引っ付けた。二人の距離は肩が触れ合うくらいに近づいた。気持ちもそうで有りたい、と祈るように目を閉じた円が隣に話を振った。
「あ、あのさ、四月のことって、覚えてる？」
「授業中に関係ある話なの？」
「そ、それは関係ないかなー」
　円はそっと顔を傾けて呼吸を整える。酸素が足りない、という風に時に大きく息を吸い込んだ。
　気を取り直した表情で円は隣に声を掛けた。
「授業には関係ないけど、四月に廊下でぶつかったことがあったよね」
　相手は口を閉ざした。開いた教科書を見ている。円は極度の緊張で固まっていた。
「……覚えてるよ」
　その短い言葉は氷の刃になって円の胸に突き刺さる。俯き加減になって、唇がプルプルと震えた。
「あの時は、本当に」
　円は言葉を切った。強く目を閉じて立ち上がる。
「こんな保険みたいなこと、絶対に正しくないよ！」

　ノアが微笑みを浮かべて待っていた。
　円は顔の前で手を合わせた。
「ごめん、過去創造館を否定したみたいになって。でも、前に進む切っ掛けになったよ。ありがとね、ノアさん」
「お客様は自らの考えで答えを見つけられました。それに当館はお客様の為にあります」
　円は溌剌とした笑顔を見せた。
「ボクは明日、あの子に心からの『ごめんね』を言うよ！」
　一切の濁りのない、澄み切った声が響き渡った。