わけもなく、こころから｜リアクション

わけもなく、こころから

　手を固く繋ぎ合ったまま、はぐれまいと抱き合ったまま、夜の底へと沈んで行く柚春とウォルターをその硬質な瞳に映し、
(あーあ)
　所詮はカプセルトイで動けぬ人形であるところのворはふたりに決して届かぬ声で大仰な溜息を吐く。
(恋、恋ねぇ)
　柚春の肩にしがみついているしかできない人形は、柚春の瞳がすぐ傍のウォルターしか映していなくともどうすることも出来ない。振り返ってもらうことも、こっちを見て笑ってもらうことも。
(幸せな道を選ぶなら嬉しいけど)
　ちらり、柚春と手を繋ぐ男を見遣る。相手にはこちらの瞳が光の加減で睨んでいるように見えたりするのだろうか。
(相手はセンセー……大丈夫なワケ？)
　柚春の傍に幸運にも辿り着いたときから──否、それよりも前、きっと赤毛の『彼』に作られたときから、柚春が好きだった。
(すげぇ好き)
　今も、柚春の瞳がウォルターしか見ていなくとも、柚春のことを想っている。
(でも、オレは)
　この気持ちは『彼』からもらったものであることも理解している。作られた物である己は、作り手の気持ちが多分に籠っている。だからこそ、
(柚春が幸せになるコトしか願えない)
　それは分かっている。だって己は人形だ。
(ヒトでもないのに、アイシテルなんて寒すぎでしょ？)
　人形である己に望めるのは、主の幸せだけ。決して届かない想いを願いに変えて、ворは柚春の横顔を見つめる。
　ヒトとして──緑林透破として会えるのは、柚春の夢の中でだけ。自ら動いて柚春のことを護りたいのに、出来るのはворの時に見聞きしたことをからかい混じりに心配することだけ。

　それに柚春は、夢で会う己のことを、
　──名前も知らないけれど、見た目も中身も好みの固まりすぎて
　逆に恋愛なんて考えられない、そう言っていた。アイドルを推す感覚に似ているのかも、と。
　柚春は、名も知らぬ『彼』がворであることも知らない。
　生死すら分からぬまま、元気でいると信じ続けることしか出来ない友人と『彼』に繋がりがあることも知らない。
　だからこそ余計に強く願える。
(いっぱい愛されて、幸せになって)
　とはいえ、動けぬ人形にだって愛するひとを護る矜持はある。
(……柚春を幸せにできる相手かは見定めさせてもらうけどねぇ？)
　キラリと瞳に光を反射させて睨むのは、柚春が想いを寄せる相手。ずっと睨もうが体当たりをかまそうが全く平気だった相手に、さっき、幻影のような世界とは言え蹴りを叩き込めたのはちょっぴり痛快だった。
(あいつの過去なんか知らねぇけど)
　優しい柚春は、あの男が別の誰かを助けたいと願ったのなら、きっとそっと手を離す。振り放されるより先生として握り返される方が辛いのかもしれないけれど、
　──大丈夫だよ、お別れは慣れてる
　きっとそんな風に言って淡く微笑む彼女を思い描けば描くほど、ворは切なく苦しくなる。
　──ворも本当の持ち主に会いたくなったら言ってね？
　常からそんな風に言ってしまえる主の心の傷を思ってしまう。
(オレが柚春の傍を離れるワケねぇじゃん)

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