『生徒』ではない私から『先生』ではないあなたへ｜リアクション

『生徒』ではない私から『先生』ではないあなたへ

「理由がなくても気軽に会えて、周りの目を気にしないで済む……とか」
「それは君が大人にならないと難しそうだなぁ」
　ふはっとつい吹き出してしまったけれど、柚春はきょとんとしていた。
「どうして？」
「うん？」
「法律上は、先生と生徒でも恋愛はできるから」
　純愛ならばと言う条件付きで、肩書きに縛られず恋愛が許されている――そういうことには表向きなっているけれど、実際のところ純愛で収まっているかなんて傍目にわからない。
　当人を知らない周囲が、好き勝手に捏造し憶測で吊し上げることは、身をもって知っている。
「法がそうでも、僕の責任問題は色々あるからねぇ」
「あと１年半だよ。生徒でなくなって、子供でなくなって。結婚だってなんだってできる大人になるんだ」
「飲酒と喫煙はダメだよぉ？」
　茶化してみても、のらりくらりとかわせる理由はもう残されていない。
　恋人として求められたなら『先生』だからダメだと言えた。
　でも、一個人として見られたいのであれば、拒絶する手頃な理由が浮かばない。
　……己の中に、整理し切れていない気持ちがあるからなのかは、わからないけれど。
「僕から見た関係は大きく変わらないのかもしれない。でも先生から見た僕は大きく変わるでしょ？」
　がむしゃらに突き進める恋は、こんなにも眩しかったろうかとウォルターは目を細める。
　束縛をするでもなくて、スタートに立ちたいというだけなら、まあいいかと思ってしまうのは絆されているのか――崩さないように保っていた壁は、いつしか欠けはじめていて。
　突き放すなら今じゃないと、厄介な物に絡まれてしまう可能性が出てくるのに。
「『先生』がお休みの時は、ウォルターさんって呼んでもいいですか」
　会話の最初に行われたお願いが、さっきと違って聞こえるのは、少なくとも今は『先生』の顔ができなくなっているんだろうと苦笑する。
「……お休みならねぇ」
「本当っ？　じゃあ、今日はウォルターさんだね」
「今日はじゃなくて、今は、かなぁ？」
　休みの日であっても、生徒の相手をするときは仕事。
　そういう理屈では１日休みな時はないのだろうけれど、少なくとも今は先生ではなくて、柚春としてみてもらえるのが嬉しかったのか、彼女は華やいだ笑顔を見せた。
「なら、約束事を決めませんか？　『先生』の時間か『ウォルターさん』の時間か知らせるの」
「例えば？」
　柚春は思案する素振りを見せているが、もう既に考えているようだ。
　何度か口をもごつかせて、少し頬を赤らめる。
「先生の時は稲積って呼んで、ウォルターさんの時は……柚春って呼ぶとか」
「それ、君が呼ばれたいだけじゃなくて？」
　提案は想定の範囲だけれど、そんなに名前で呼ばれることが特別なんだろうか。その他大勢の生徒としてではなく、個人として認識して欲しいと願う彼女には大切なことかもしれない。
「そう、だけど……！　でもウォルターさんの顔を見てたって、今は先生じゃないってわからなくも――」
「柚春」
「…………っ」
　たった一言。それだけで驚いて、はにかんで忙しく表情を変える。
　例えこれが気まぐれであっても、気のせいでは無かったと伝えるようにもう一度名を呼べば、とても幸せそうに微笑んだ。
　だから子供だって言うのに、その忘れてしまった素直さを少しは見習おうかと思ってしまう。
「気が向いた時だけだよぉ？」
「はい……ありがとう、ウォルターさんっ」