「稲積 柚春、2年3組、成績は……ふぅん」
1371年8月――夏休みまっただ中。
新学期に向けての授業準備や、部活の顧問として休日返上の日が多少あっても、長期休暇には変わりないはずのある猛暑日。
寝子島高校の英語教諭
ウォルター・Bは、一人の女子生徒について綴られた書類へ目を通していた。
別に、彼女が素行不良で問題を起こしたわけではない。担任を受け持っているわけでもないのだから、こうして自宅で休暇を割いてまで親身に接する必要は無い――はず、だった。
(……報告したはずですよって言い逃れできる書類は作っておこうかなぁ。出し忘れる予定だけどねぇ)
策を講じる羽目になったのは、彼女からの
ある一件を理由にした、個人的な呼び出し。本当は誤魔化して体よく断っても良かったのだけれど、几帳面な性分のためか考えてみると返答してしまっていた。
とはいえ、何の理由も無く女子生徒と込み入った話をするために二人きり……というのも外聞が悪い。名目上は、柚春からの打診通り『相談を受けての家庭訪問』とするのが妥当だろう。
転校の多い彼女が必ずしも担任に心開くとも言い切れず、たまたま懐かれ――信頼を、寄せていたのが自分のようだったことと、込み入った事情のようだったので緊張せず話せる場所をと思い、家庭訪問を実施した。そういう『設定』で報告は上げたはずという逃げ道を用意しておくことにしよう。
それはあくまでこの個人的な呼び出しが露呈した時の保険であって、真面目にそうする必要は無いのだから。
「相談、ねぇ……」
彼女が何を言うつもりなのか、おおよそ見当がつくから誘いをすぐに断らなかった。
生徒が先生に憧れるだなんてよくある話だし、それが恋慕に変わっていく様子も自分や周囲を含めて見ないわけじゃない。
『良い先生』でいるために気づかないフリでのらりくらりして、『いい大人』でいるために距離をとって。一回り以上も年の離れた子供を誘導するなんてワケないと思っていたのに。
軌道修正するのは骨が折れそうだけれど、それもまあ『先生』としての仕事だから仕方がない。
「どこで間違えたかなぁ……」
気が高ぶっているんだろう。東洋人には西洋顔が格好良く見えるみたいだし、丁度年上が格好良く見える頃合いだろうし。夏だし、女子高生が浮かれる理由なんていくらでもあると思う。
(トドメは、まぁアレなんだろうけどさぁ)
あんな偶然の、想いの欠片もないようなこと。何が素敵でありがたいのかはわからないけれど、一定数好ましく思うから物語の定番としてあるのだろう。
純粋な物しか知らない年齢でもないので、その価値はもうわからないけれど……あの年頃の女の子が好きそうな話だ、くらいの認識はある。
(それとも)
ふと思い返せる程度には、色々あった。彼女の受け取り方がわからぬ今、何がどう作用したかなんてわからない。あの手の熱に浮かされた瞳をする理由など、説明できる事柄ばかりではないのも、経験の分知っている。
「まあ話ぐらいは聞こうじゃない? 『先生』だからねぇ」
深く深く、優しい笑みを浮かべた仮面を被って。
家庭訪問の日時を記したショートメッセージを、ウォルターは柚春に送信した。
約束の日の朝。
柚春は何度もウォルターからのショートメッセージを確認し、本当に彼が家に来るのだとそわそわしていた。
(そこに特別な意味はなくて、家庭訪問……だけど。それでも)
そうお願いすれば、来てくれると思った。大事な『秘密』を忘れろと言わなかった優しい先生ならば、気にかけてくれると少なからずは思っていた。
でも、本当に来てくれるとは思わなかったから。何から、どう話せばいいかとずっと考えている。
この日が決まってから、念には念をと掃除もしたし、先生に出すお茶やお菓子も決めたし、服装も出迎えのアロマも決めたのに。……肝心の会話の切り口だけが、掴めずにいる。
(何を伝えたいのかは、決まってるけど)
カプセルギアの
ворを机に置き、どうしようかと目線をやる。彼が答えることはもちろんないのだけれど、柚春はなんとなくворに向かって独り言を言うことが多かった。
「君と出会って、まだ1年も経ってないなんて……不思議だな」
もうすぐ寝子島へ来て1年。……まだ、1年未満。
転勤族の親に振り回されて転校を繰り返していた柚春にとって、もう卒業まで引っ越さなくていいからねと寝子島で一人暮らしの準備をした頃は疑い半分で、今度は何ヶ月学校に通えるだろうかと散歩をしていたときに出会ったのがворだった。
誰かの落とし物と思い、目につく安全な場所にと何度も移動させて、それでも数日後にはまた目の前に現れるカプセルギア。
「……運命みたいだったよね」
そんな彼を持ち歩くようになったある日、たまたま自宅学習の課題の提出日に指定されて訪れた寝子高は文化祭まっただ中。先生たちをオークションの景品に仕立ててゲームに盛り上がる生徒たちを見て、慕われている先生が多いんだなとぼんやり思っていた時に印象に残ったのがウォルターだった。
「ウォルター先生ーっ! お手本見せてよ!」
「いいよぉ、的は君かな?」
「舞台にあるでしょー!?」
会場が盛り上がれば盛り上がるほど、疎外感を抱いた。
自分はまだ復学もしていないから、ちゃんと生徒と名乗れるわけではないし……どうせすぐ引っ越してしまうから、あの輪に混ざることなく消えてしまう。
「そんな時だよね、君のマスターになる切っ掛けがあって……夢で不思議な出会いをして」
ちょっと気になる男の子ができた。夢でしか会えないなんて運命的だって、そう決め込んで。
そんな子供っぽい話を、あの人は笑わなかった。
「運命って、あると思いますか……?」
「え、あるんじゃないの?」
最後の課題を提出して、復学を決めなきゃいけない。
そんなとき。
思わず外で会った先生に緊張して、何か喋らなきゃと口に出した言葉を、ウォルターは笑わなかった。
子供みたいとか、なんだったら重いとか言われることもあった「運命」という言葉だけれど、彼は認めてくれたんだ。
だからворや夢で出会う彼が運命の相手だと疑わず、寝子高とよく似た制服を着ていることがあったから、島の人かなとあちこち探すよう歩いているうちに、ворでぬい活をするのも趣味の1つになってしまったのに。
「いつから、なのかな」
一緒に映画を見たり、不思議な場所で手を繋いだり。
気づけば街中で探す髪色は、黒から金に。少し危険でセクシーな雰囲気の彼ではなく、優しい大人の眼差しを追っていた。
まったく対極のそれが、どちらもドキドキさせるから悩んだけれど。
――君のことを見ていても、不思議な気分になるんだけどねぇ。
いつかのウォルターからの手紙に綴られた言葉が、ひどく甘くてずるいものに感じた。
その「不思議」という言葉に何が込められているのだろうと、名もない気持ちに色がつきそうになった時、ふわふわした気持ちを明確にしたのも、またウォルターで。
――稲積が未成年の生徒で、僕が先生だから、かなぁ。
春の焼き鳥屋。お酌を申し出た柚春にウォルターは困ったように微笑んだ。
微笑んで、卓の上に
瓶ビールについた水滴で一線を引いた。黒い溝となって現れる、先生と自分との距離。
「……そこで終わりにできたら、楽だったのかな」
やっと気持ちに名前がついた。自覚ができた。
どんなに淡く幼くとも、線を引かれるような恋慕を彼に対して持っている。だからこその線引き、なのだと理解しようとしたけれど、止まってくれない気持ち。
それがわかれば、夢で出会う彼へのときめきはアイドルへのそれと同じだと気づいた。
きっとウォルターは恋心を気づかせるためじゃなく、止めるために知らせてくれたのに。
「逆効果だったね……ウォルターさん?」
今はまだ、夏休み。『生徒』も『先生』も休みの時間。
『先生』と呼ばなくても許されるだろうか、『生徒』でいなくて良いだろうか。
そう思い巡らせ、唇に触れる。きっと大人にはなんてことのない偶然の1つだろうけど。
「運命はあるって、言ってくれたから」
夢の入り口に誘ったつもりがなくていい。
ただ聞かせて欲しい、『先生』としての取り繕うことのない言葉を。
新学期になったら、ちゃんと『生徒』に戻ると約束するから。言わせて欲しいことがあるんだ。
――今日は、秘密の家庭訪問。
リクエストありがとうございます、浅野悠希です。
こちらは、稲積 柚春さんのプライベートが満載なシナリオです。
概要
■日時
夏休みのとある日(あの一件の後)。
昼食の片付け後、一息ついた頃という時間帯です。
もし、「この家庭訪問までに先生と遊んだり色々知ったよ!」
ということがございましたら、参照シナリオとしてお知らせ下さいませ。
■状況
ウォルター先生は『ある程度察した上で』家庭訪問という名目で柚春さんの自宅を訪れます。
悩み相談、されるであろう話には『先生』として一通り答えを準備済みです。
ウォルター先生自身の想定滞在時間は長くて1時間ですが、予定は1日フリー。
基本的には『先生』の姿勢でじっくり相談にのってくれるつもりがあるようです。
但し、先生は気分屋……ガイドのような一面を出すこともあるかもしれません。
■できること
思い出を振り返ることもできますし、家庭訪問当日だけをトコトン描写も可能です。
柚春さんが悔いなくこの日を終われるように、
ガイドに縛られず自由にアクションを書いて頂ければと思います。
※もしXキャラの描写量をPCやNPCに振り分けたいなど希望があればお知らせ下さい。
可能な範囲でにはなりますが、できるだけ対応致します。
NPCとXキャラ
今回登場とお伺いしてますのは、NPC:ウォルター・B
ご指定頂いたシナリオ、キャラクターメールの思い出共有は可能です。
追加の参照が不要であれば、改めての資料送付はなくても大丈夫です。
Xキャラ:緑林 透破(вор)
ご指定頂いたシナリオと、プロフィールを参照させて頂きます。
追加の参照が不要であれば、改めての資料送付はなくても大丈夫です。
※通常シナリオと違い、Xキャラを単独で自由に動かすことができます。
参照シナリオについて ※独自ルール※
他のシナリオ、コミュニティなどの描写や設定を参照することは、原則的には採用されにくいとなっています。事前にお知らせ頂いている物以外は、通常シナリオと同じように記載をお願いします!
・事実を確認するだけで良く、深い読み込みがいらないもの
・どうしても前提にしてもらわないと困るもの
これらに関しましては、できる限り参考にしますので『URLの一部』をお知らせ下さい。
【例】シナリオID3242の9ページと、トピックID2853の181番目の書き込みを参照依頼する。
- T/2853/181の結果を受けてS/3242?p=9で●●を成功しました。●●の情報はある前提の行動です。 -
など、シナリオを『S』としたり、トピックを『T』としたり短縮表記で大丈夫です。
IDから該当ページまでのURLは省略せず、そのまま提示して下さい。
・過去参加して頂いた浅野のシナリオに関しても、記憶違いを避けるためにご協力頂けると助かります!
・必須じゃないけど知っておいて欲しいなという事柄については、
余力があれば確認させて頂きますので、ご了承の上で記載お願いします。
※浅野の独自ルールのため、こちらは他MSへ対応を迫る行為はお控え下さい。
それでは、よい1日をお過ごし下さいね!