異国への距離は片恋より遠くない｜リアクション

異国への距離は片恋より遠くない

　毎朝の身支度をする時間より少し早く、月守輝夜はクローゼットを開ける。
　今日袖を通すのは、制服ではなくこれぞと決めていたデート服。天気予報に聞いても気温にバッチリ合っていて、１日歩き通しなことを考えて選んだ履き慣れた靴ともピッタリ合う、理想のデート服だ。
　鞄の中身も最終チェック。今日は遠出だから、準備は念入りにしていた方が良い。
（あとは……）
　髪型はどうしようか。せっかくだから変えてみる？
　気になったリップはどうしよう。気づいてくれるかな？

　――ピンポーン

「えっ、もうそんな時間!?」
　鏡の前であれこれ悩んでいて、普段と違ったことなんて何も出来なかった。
　休日にしては早く、けれども平日と比べればそうでもない時間。今日のデートは、学校へ行く時間に迎えに来てとお願いしていたけれど。
　いつもはクロスバイクで通学する青木慎之介のことだから、もう少し遅く来るんじゃないかと思っていたのに、彼の到着は予想より早かった。
「グッモーニン、月守！」
「おはよう、慎之介くん。……いつも、学校へはこの時間に？」
「学校までストレートに行くときはもう少し遅いけど、フィーリングに合わせて島を一巡りすることもあるぜ！」
「そうなんだ。朝早くの散歩も気持ちよさそうだね」
　風の向くまま気の向くまま。そんなところが慎之介らしくて、準備の時間が足りなかったなんて言葉は出てこなかった。
　むしろ今日が楽しみで、早く会いたいと思ってくれていたのかなと、そう考えたら笑みが零れる。
「エノコロ岬もいい風が吹くぜ、行ってみよう！」

　今日の行き先を再確認しながらゆっくり向かえば、旧市街からでもさほど遠くないエノコロ岬。
　まだ残暑の残る季節だけれど、だからこそなのか午前中の日差しが柔らかな時間帯から賑わっている。
　我が子が花畑ではしゃぐ姿を写真に収める両親や、きらめく海を眺めて日光浴をしている老夫婦、フェンスの近くでは友達同士で良縁を願って南京錠をかける人。
　それから、輝夜たちの目的である猫恋の鐘は数組の恋人たちが並んでいた。
　綺麗に響くこともあれば、緊張してタイミングが合わなかったのか、もの悲しい音が鳴ることもあって……誰でも彼でも簡単には幸せの音色を響かせてくれないらしい。
　自分たちの番がやってきて、慎之介は真剣な面差しで鐘を見上げる。
「スピードか、それともパワーか……どっちで攻めれば勝てると思う？」
「バスケの試合じゃないんだから……素直にお願いしたら聞き届けてくれるんじゃない？」
　せっかく永遠の祝福を授けてもらおうと思っているのに、物理的に考えた鳴らし方をしても御利益がなさそうだ。輝夜はくすくす笑って、慎之介の手を握る。
「……いつまでも、慎之介くんの隣に」
「これからも、月守と一緒に！」
　顔を見合わせて鐘から伸びる綱を握る。

　五頭の猫の改心だって、簡単なことではなかっただろう。
　天女だって、改心を信じていいのかと不安になったかもしれない。
　それでも二人は添い遂げて、この丘を見守ってくれている。

「「いられますようにっ！」」

　――カラランッ、コローン……

「俺たちの思いの強さを見せつけるんだから、もう少し強くても良かったか？」
「じゅうぶん綺麗だよ。優しくて好きな音だな」
　この音が響く、遠い遠い未来まで。
　今と同じ気持ちで、お互いの隣に立てますように。

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