異国への距離は片恋より遠くない｜リアクション

異国への距離は片恋より遠くない

　――そして、慎之介が出立する日がやってきた。
　平日の今日は、お見送りのために特別学校を休んで、彼の家に向かう。
　つい最近、一緒に東京へ行ったから簡単に戻って来れない距離だともわかったし、飛行機は搭乗手続きもあるから時間に余裕を持って移動しなければならない。
　この出発前のチェックが、とても重要なのだ。
「なんとかならないことはないって」
　部屋に通してくれた慎之介は、緊張だとか家を離れる感慨深さだとかは感じてないようだった。
　本当に心から留学を楽しみにしていて、飛び立てるのを今か今かと待ち望んでいる姿に、そんな顔をずっと見ていたい気持ちと、応援したい気持ちがこみ上げてくる。
「お部屋……ちょっとスッキリしたね」
「いつでも帰ってこれる部屋には違いないから、あんまり持って行くなって」
　大きな家財はそのままに、ポスターが剥がされて焼けた壁紙が目立っていたり、いつもと違って整然としている棚の一部がぽっかり空いていたりして、何度もドキドキしながら訪れた彼の部屋とは様相が違った。
　だけどまだ、ちょっと片付けなさいと怒られて大掃除でもしたのかなと思えるくらいには、彼が遠くに行ってしまう実感もないくらい、ここは慎之介の部屋だった。
「必要最低限な物だけ持って行くの？」
「田舎に行くわけじゃないから、向こうで買える物も多いし」
「触り心地が違って落ち着かないかもしれないよ？」
　本当に必要な物は送ったのかと、輝夜は部屋の隅々をチェックする。
　送り忘れた物があったら、すぐに送るから連絡をしてほしいとか。
　今すぐいるものなら道中でも買えるかもしれないとか。
　大事なお守りも、ちゃんと持っているかとか。
　……少しでも手を休めるとしんみりしてしまいそうで、輝夜はずっと心配しきりだ。
「あとは、あとは……」
「大丈夫だよ月守。そんなにチェックしてたら、飛行機に間に合わなくなる」
「それはダメっ！」
　留学を引き留めたいわけじゃない。
　最初に聞いたときのことなんて、驚きとショックであんまり憶えていないくらいには、どうしようって不安でいっぱいだった。
　小さい頃から家が近所で、一緒にいることも当たり前になっていて。高校も一緒に行って大学も……って思ってた。

　せっかく繋がった心まで遠く離れてしまうんじゃないか。そう押しつぶされそうになったこともある。
「留学のことを話す慎之介くんの、嬉しそうな笑顔と真剣な表情を見るたびに応援したいって思うの」
　これは、本当。
　バスケしてる姿も好きだし、カッコいいところなんて上げれば切りが無いけれど。
　頑張る慎之介のために何が出来るかと思ったとき、始めることが出来たのはまだアルバイトだけだけれど……留学先に行くための旅費を貯めて、そこで困らない程度の語学を身につけて。今すぐ追いかけることができない私にも、できることはたくさんあって。
「そんなこと言われたら、すぐ諦めて帰って来れないな！」
「その時は、荷ほどき手伝ってあげるね？」
　大丈夫、笑えてる。
　せめて彼を見送るまでは泣くまいと、輝夜は寂しさを表に出さなかった。

このページにイラストを設定する