異国への距離は片恋より遠くない｜リアクション

異国への距離は片恋より遠くない

　飛行機に乗るのを今か今かと待ちわびていた慎之介は、空港への到着を急いだ。
　ただ、離着陸の飛行機を眺めて「自分の乗る飛行機はどこだろう」と目を輝かせるばかりで、手続きの時間になっても動こうとせず、結局最後まで輝夜が世話を焼くことになって。
　けれども、彼の楽観的な部分がそうさせるのか、ギリギリまで輝夜に気にかけて欲しくてそうするのか、お互いでさえわからなかった。
「ここまで来たら、なるようにしかならないって。ドンウォーリーだぜ月守！」
「……心配だよ。慎之介くんカッコいいから、向こうに行っても絶対にモテるし」
　あれだけ忘れ物やら手続きやらと世話を焼かれていたから、そんな話題になるとは思わず。慎之介は少し照れくさそうに笑った。
「それを言うなら月守もだろ？　男子の中でも話題なんだぜ、チャーミングだって」
「大丈夫だよ、私は告白されても断ってるし」
「えっ？」
「片想い歴、どれだけあると思ってるの？」
　振り向いてもらえるように自分磨きをした結果、魅力が増したということなのだろうが……輝夜はモテる。
　可愛い女子は誰かなんて話題で名前が挙がるくらいだから、そうだろうなと認識していた慎之介も、まさか彼女が告白までされていたとは思わなかったのだろう。
「俺は、とんでもなくラッキーだったみたいだ」
　想いを告げてきた人の中には、自分より背が高かったり、成績が良かったり、足が速かったり。格好良いと評される物を持った人物もいたことだろう。
　それでも、輝夜はずっと、揺るぎない想いを自分に向けてくれている。
「浮気しちゃダメだからね」
「オフコース！　あれだけたくさんの神様にもお願いしたから、月守を泣かせたら天罰もすごそうだ」
　そうして笑っていれば、搭乗案内の放送が流れる。
　次にこうして、触れ合える距離で言葉を交わせるのは、早くとも冬休み。
　輝夜のバイト代が順調に貯まれば、その頃には留学先へ遊びに来る予定だ。
　今までそんなに長く顔を合わせなかったことなどないから、これがどれほど辛い距離なのかわからないけれど、二度と会えないわけじゃない。
「元気でね。いってらっしゃい！」
　だから、輝夜はめいいっぱい笑う。
　慎之介を送り出すに相応しい、彼に一番記憶に残して欲しい、満面の笑顔。
　その笑顔を見て、胸がいっぱいになった慎之介は輝夜を抱きしめた。
　笑って送り出してくれるのは嬉しい。けれど寂しい思いをさせてしまうとわかっているから、無理をしているのもわかる。それでも、彼女は笑う選択をしてくれた。
「……ありがとう、輝夜」
　突然名を呼ばれた驚きよりも先に認識したのは、額に何か触れたと言うこと。
　それから、彼の顎先が見えて。目が合ったと思えば、はにかんで。
「いってきます！」
　そうして彼は、元気よくゲートをくぐっていった。
　事実確認どころか、驚きの声すら上げることが出来ないうちに。
（え、今……キス、だったよね？　名前も呼んでた？　あの慎之介くんが？）
　以前キスに誘ってみようとしたときは、鈍感な反応をしていたのに。
　けれどもしかしたら、気づくのが遅れて申し訳なかったと思っていたりするのだろうか。
（そういえば、この間のデートも）

　――いや、あの……今からなら、丁度さ、夕焼けが見られそうかなって！

　やり直しの、タイミングを模索していたりしたんだろうか。
「……ばかっ！」
　不意打ちなんて、唇じゃないキスなんて、カウントしてあげない。
　じゃないと、どんな顔をして飛行機の離陸を見守ればいいのかわからないではないか。

　ドキドキと静まらない心臓を押さえつけて、飛行機がよく見える場所で何度目かの安全な空の旅を願う。
　無事に飛び立った飛行機の姿にホッとして、まだ夏色の空へと小さくなる様子に寂しさがこみ上げる。
　17時を過ぎても暑さが残る時期なのに、早く肌寒くならないかと、空の色が薄くならないかと願えば、じわじわと寂しさが目元から零れそうで、ぐっと堪えた。
　ひどい顔で帰るわけにはいかない、でも部屋で泣きはらしたら心配をかけるかも。でも、今は。
　必死に堪える輝夜の気持ちを知ってか知らずか、さっき飛び立ったはずの慎之介からメッセージが届いた。

　――今のホーム画面！

　その言葉に続いて送られてきたのは、東京大神宮でおみくじを買った時の写真。
　結果にドキドキして開封をしていたときの、神妙な面持ちの自分だ。
（あの時、自分のおみくじの写真を撮ってたんじゃなかったんだ……！）
　恥ずかしいやら呆れてしまうやらで苦笑すると、涙は少し収まった。

　明日からは、通学路でクロスバイクの彼に追い越されることはない。
　教室にもいなくて、お使いを頼まれても近所ですれ違うことも無くて。

　きっと本当に留学したんだと実感したら、泣いてしまうこともあるかもしれない。
　だけどね、寂しいけれど悲しいとは違うんだよ。

「……慎之介くん、大好きだよ！」

　見えなくなった飛行機に向かって、輝夜は微笑んで見せた。

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あとがき

担当マスター：浅野悠希
ファンレターはマスターページから！

この度はリクエスト頂きありがとうございました、浅野です。
思い出作りとお見送りということで、途中ぎゅぎゅっとしてしまった所もありますが、時間に追われている感も含めて楽しんで頂けましたでしょうか！

実際の乗り換え時間を検索しつつ、社務所の開いてる時間も確認して、見えるものや行けそうな場所を地図で調べました。
いやぁ、凄く便利な時代ですね……でも、そのおかげで同名の神社の場所に迷い、寝子島から全部まわって日帰りで行けるのかと頭を抱えていたりしました。

移動の効率都合で参拝の順序を変えてしまったことが、はたして本当に大丈夫だったのかが一番不安だったりします。
御利益アップな順番とかも言いますが、きっと神様もそんなに心狭くないので大丈夫ですよ！

青木くんと月守さんの、新しい始まりの物語をお手伝いできて嬉しかったです。

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